峠ドライブイン-104
 大垂水峠、深閑とした山を切り裂くエギゾーストノイズとともに昭和から平成を駆け抜けた、伝説のドライブイン「旭山ドライブイン」オーナー夫妻のお孫様から、再び、コメント欄にありがたいお言葉を頂くことになった。

こんなにも荒れ果てているとは…

何年も人が住んでいないとこうなってしまうんですね。

遊びに行っていた頃を思い出すと泣けてきます。

お人形さんばぁばが大事にしていたものみたいなのでもしかしたら魂が乗り移って今もあそこにいるかもしれないな。

【心打つメッセージ】「仕掛けられた罠」解禁、カズ少年の見守る峠の廃墟ドライブイン.4

 2ストレプリカバイクブームに峠ドリフトブーム。いつもその中心には、「旭山ドライブイン」という緩衝地帯があり、バイクや車を並べて、血気盛んな若者達が、運転や改造談義に花を咲かせ、将来の夢を語り合い、時には、店主の親父さんから、人生の手ほどきや講釈なぞを受けながら、体の芯まで温まる熱々の山菜うどんに皆舌鼓を打ったという。

「結婚したら、バイクに子供とカミさん乗せて旭山まで来れ!」

 ある時期までは、バイクや車が引きも切らずに、旭山の駐車場を埋めていたというが、いつの頃からか、一台、また一台と減ってゆき、末期には、コメント欄に言葉を寄せてくれた人の話によると、あの広大な駐車場にバイク一台、店内に入ったら、当然かもしれないが、客はその人ひとりだけのこともあったのだとか。

 御主人の妻、お孫様の祖母にご不幸がありながらも、御主人はしばらくお一人で営業を続けられていたそうだ。苦しい経営や御主人がご高齢ということもありならばと、断腸の思いで、ご決心なされ、長きに渡った旭山ドライブインの歴史の幕を静かに閉じられたわけのである。

 大垂水峠の麓に安らかに永遠の眠りについたかに思われた「旭山ドライブイン」。

 お孫様のおっしゃる通り、お祖母様の魂が乗り移ったお人形が、旭山ドライブインをお守りになってくれていたのかもしれない。

 しかし、何者かによって、蓋がこじ開けられてしまい、静寂に包まれていた「旭山ドライブイン」は眠りから引き剥がされてしまった。気がつけば、あれよあれよという間に、荒廃の一途を辿ってしまうことに。

遊びに行っていた頃を思い出すと泣けてきます。

 
返す言葉を失う、僕。

 「旭山ドライブイン」の歴史を語り継ごう、自分が担げるだけのバックパックを背負えばいいんだと、僕は中断していた旭山ドライブイン探索記を再び続けるにあたり、止まっていたペンを持つ手の指先に、沸々と脈々と気と力をと漲らせるのであった    



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 二階の廊下の途中には台所があった。下はドライブイン用。高齢ご夫婦なら充分過ぎるぐらいの設備だろう。



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 本当に、守ってくれているかのようです。

 意味なく、下から撮ってみました。



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 二間続きの部屋。

 炬燵があることから、ご夫婦の部屋ではないだろうか。



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 お人形好きのお祖母様の趣味でしょうか。



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 ご夫婦いずとも、その凛とした眼差しに弛緩の色は無い。



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 たくさんのお孫さんに恵まれたが、子供が本当にお好きだったようです。



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 仏壇は持って行かれたようです。



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 孫の晴れ着姿を想って貼った、お祖母様。

 その眼で、拝見することができたのでしょうか   



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 部屋の隅の床の間にトロフィー。



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 おめでとうございます。

 御主人、ゴルフの大会で優勝されたようです。



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 こちらも優勝のトロフィー。二ヶ月会のゴルフコンペ。

 贈 参議院議員 藤井裕久

 民主党が与党だった時に財務大臣をやっていた方です。

 床の間には箱があり、その中には、かなり古そうなレコードが束で入っていた。御主人か妻のお祖母様の趣味か、国民的大スターのレコードもあったので、畳の上に並べてみることにした。




つづく…

「お祖父様の罵声」解禁、カズ少年の見守る峠の廃墟ドライブイン.6

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