相模湖-130
 和香子部屋手前の夫婦部屋らしき部屋のアナザーカットをご紹介。既出のものとは違い、タンスが隠れているが、そのかわりに三菱製の足踏みミシンがはっきりと写っている。

 夏には女将が足踏みミシンをフル稼働。

 和香子ちゃんには古くなったカーテンの布を使って涼しげで動きやすいワンピースを作ってあげた。弟の裕之には姉のワンピースを作った時の端切れで給食時に机に敷くナプキンを。

 夏の朝の陽光に映える空色のワンピースでゴム毬のように玄関から飛び出して行った和香子ちゃん。それはもう二階の外階段から転げ落ちる勢い。ランドセルから紐でぶら下げた給食袋をブラブラと揺らせながら裕之が姉の後に続く。給食袋も前の晩に女将がミシンでナプキンと一緒に作ってくれたものである。

 中庭を駆けてゆく姉弟の背中を二階の玄関からニンマリと口元を緩めて見送る女将。

 ワンピースと給食袋の揃いの配色が女将の瞳の中で賑やかに跳躍する。

 今思えば、それが幸福の時であったのかもしれないが、当たり前の時間が当たり前のように続くと、誰しもが疑いを持つことはなかったのだ    



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 前回は芳幸君から和香子ちゃんへの日記。

 和香子ちゃんがお父さん(お宿の御主人)と喧嘩。腹が立つのでお父さんを無視していたが、父が怒りもせずただ狼狽しているのが見ていられないと芳幸君に相談。

「俺らぐらいの年って、親はケムッたい存在なんだよね~。今のうちだけだよ、親とケンカできるのも」

 同年代だからこそわかる思春期の心情を説明することで和香子ちゃんの悩みを和らげてあげる芳幸君。

 塾に来た安田さんが学校ではみせたことのない艶々とした大人のお色気メークをしていてビックリしたこと。

 忠実屋でオバサンがソフトクリームの一巻きオマケしてくれたこと。立て続けに、寿司を買ったら玉子寿司を二つもオマケにくれてもう一生無い奇跡だと大興奮。

 柏原芳恵の曲「春なのに」は時期的にも心に沁みると、芳幸君。

 それを受けて、和香子ちゃんが芳幸君に返信の日記を渡す    



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                                                                                            to  mineo
あ、 やっぱり 芳恵の歌 いいと 思う ?!
私も  すごい  いいと 思ってたんだ♡ 中島 みゆき 作詞 作曲
だっけ? さすがあ ♡
ホント、 今の時期 に ピッタリ、 心境も すごい わかる!
あんなの 卒業式の日 聞いたら 私 ないちゃうよ~~~
ミネオ 泣く? 卒業式 。 私 泣いちゃうなぁ。
だって この 北相 から はなれる なんてこと かんがえられないんだもん 。
困ったぞ~~~ あんまり グスン グスン やるのも みっとも ないけどね。

今日の 永田 先生 の ふくそう けんさ、 2人とも ひっかかりませんでしたねぇ
いや~~~  お互い ”まじめ”  ですね ~~~ (!?)
でもさ、 ストッキングネ、私 モギの 時  はいてったのよね、さむいから。
なんとなく うしろめたい 感じ。
それにしても 永田先生 の 一括は きくね.
ああ ホントー に あたしたちのこと 思ってくれてるんだ ・・・って 思えるも
んね. 直に やっぱり ソンケー できる人って. 友だちみ
たいで、 いつも そばにいて ベタベタ する 先生よりも、 私たちより
数段 上に いて、 私たちを いつでも 上へ上へ みちびいてくれ
る先生だと思う。 そーゆー 点から ゆーと 永田先生でしょ、
河部先生でしょ、 教頭先生♡  <私キョートーセンセーって個人的にすきな
んだ♡>  だから あたし マジで 河部先生 の組にはい
れてよかったって しんこそ 思ってる. 最後の 中学生活を 送る 組
が、 3-Bで よかったって!!

ヤスはさ~~~ 似合うのよねぇ~~ またオケショー が!
色白だし。 あの オヒトは  立川女子 へいくとか,
みんな がんばってるンだねえ ー <しみじみ>

私 ハッキリ いって 感情のうちり変わりがはげしいことは みとめる! 

和香子ちゃんも柏原芳恵の歌がお気に入り。やっぱり私達って、感性も近いのよねと、二人の愛情の深さをハートマークで大胆にアピール。

>ミネオ 泣く? 卒業式 。 私 泣いちゃうなぁ。

この「ミネオ」という表記をみて、まさかと思い、後方のページを確認してみる。すると、和香子ちゃんからの返信は、「芳幸」「ミネオ」宛が一回毎に交代で出てくる。もしや、「和香子」と「芳幸」「ミネオ」の三人で交換日記をやっているのではと思ったが、よく読んでみると  筆跡まで比べてしまったが  芳幸君のフルネームは「みねお よしゆき」であったのだ。

>今日の 永田 先生 の ふくそう けんさ、 2人とも ひっかかりませんでしたねぇ

アンダーウェアーにカラーのシャツなんかを着ていると先生から吊し上げにあった酷い時代。

>いや~~~  お互い ”まじめ”  ですね ~~~ (!?)

交換日記をやるということは、中学生といえど、ある一定の文化レベルに達していた優等生の二人だったのでしょう。ヤンキーの男と引きずりそうな制服のスカートに板みたいなカバンを下げていた男女が交換日記をやっていたという話はあまり耳にしたことがない。優等生の女の子がヤンキーに憧れて交換日記をするパターンは多いようだが。

>でもさ、  ストッキングネ、私 モギの 時  はいてったのよね、さむいから。なんとなく  うしろめたい 感じ。

冬の大垂水峠といったら道には霜が張ってアイスバーン。凍てつく寒さの中、防寒のためにストッキングを履いただけで、後ろめたさを感じるとは、気合で寒さを撥ねつけろという、まだ軍国教育の名残りがあった時代だったということになるのだろうか。

>それにしても  永田先生 の 一括は きくね.ああ ホントー に あたしたちのこと 思ってくれてるんだ ・・・って 思えるもんね

時には怒号とともに鉄拳制裁もためらわず飛び出した。生徒と向き合っているからこそ、本気で怒ってくれるのだと、当時は皆そのような教えを植え付けられ、暴力と恐怖による支配がまかり通っていた。

>ソンケー できる人って. 友だちみたいで、 いつも  そばにいて ベタベタ する 先生よりも、 私たちより数段 上に いて、 私たちを いつでも 上へ上へ みちびいてくれる先生だと思う。

暴力も振るうが、崇高な精神性をもっており、数段上の高みから生徒を導いてくれていた永田先生。生徒に愛され尊敬されていた先生。

和香子ちゃんにベタベタする気持ち悪い先生もいたらしい。今だったら動画に撮られて懲戒免職でしょう。

>そーゆー 点から ゆーと 永田先生でしょ、河部先生でしょ、 教頭先生♡  <私キョートーセンセーって個人的にすきなんだ♡>

教頭先生など、教師と校長の間にいて生徒にはあまり印象に残らない人。テレビドラマでは、校長に媚びへつらい熱血先生には嫌味ばかりを言う嫌われ者の存在として描かれる。和香子ちゃんがここまで教頭先生を好きだというからには、人徳のある素晴らしい先生だったのだろう。

>しんこそ 思ってる. 最後の 中学生活を 送る 組が、 3-Bで よかったって!!

恋人に恵まれ、尊敬できる担任、教頭先生も人格者、胸を張って3-Bが良かったと言える。まだお宿の凋落は和香子ちゃんの身に忍び寄って来てはいなかったようだ。

>ヤスはさ~~~ 似合うのよねぇ~~ またオケショー が!色白だし。   あの オヒトは  立川女子 へいくとか,

安田のさんの化粧姿に唖然としていた芳幸君に和香子ちゃんがさり気なくフォローを入れる。でも自分以外の女の子の話題を彼の口から聞いたことで多少のジェラシーを感じたのか、進学先情報を教えるのに「オヒト」とオを付け加えることで、若干皮肉を織り交ぜてみた、和香子ちゃん。



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                            み

 ねお の バヤイ は?

もう すっかり 仲なおりですね、 まったく 単純 な私....
あほらしいわ, 自分で やっときながら・・・ ね、 ばかでしょ~~~

ソフトクリーム 一巻 おまけ というところと、 ”ボク” というところ
が いい ~~~~ ! きゃ はは ・・・
ホント、 ついてる 日 だったんだね! やっぱり これは、仏
様んお おめぐみだ! きゃっははは 感 しゃ しませう♡

ブタミから 聞いた 話によると、 今年 北相から津高を受
けるんは 35名だそうです!
ちょっと 異常に 多く ない!!?? もー 頭にくるよお!
合格率 下がっちゃうじゃないかあああ’あああああ ハァハァ・・・
女子はね. 私でしょ、 ミキ、 まりちゃん ・・・・・・ん   ンん
なもんかな? 知ってるかぎりでは。
男子は あんまり 知らんのです。 あしからず 人

受験が おわったら 琴の とっくんだあ ~~~
4月に 入ってすぐ ”おひきぞめ” <発表会みたいなもんですわ.> があるんだっ
て 死にそお ・・・
その 時は キチンと 着物 きるからね .
写真を みせたげるね. <みっともなく なかったら・・・の 話だけど.>

とにかく、 がんばろうぜい!!

     fight!!                しょーりの
                        ぶい さいん!
                          
心削られるような心理戦のような父とのケンカはすっかり春の雪解けモード。お宿には再び仲睦まじい親子の会話が戻ったという。

>あほらしいわ, 自分で やっときながら・・・ ね、 ばかでしょ~~~

仕掛けたのは和香子ちゃん。今ではアホらしかったと悔いて父にすまなかったと反省している様子。

>ソフトクリーム 一巻 おまけ というところと、 ”ボク” というところが いい ~~~~ ! きゃ はは

中学三年生がソフトクリームを一巻きオマケしてもらい本気で喜んでいる姿とボク扱いであったことに胸の奥の母性愛を締め付けられ、慈愛に満ちた母の顔で芳幸を包み込む、和香子ちゃん。

>ホント、 ついてる 日 だったんだね! やっぱり これは、仏様んお おめぐみだ!

芳幸君は親に言われるがままかもしれないが学会員青年部である可能性が高いようだ。そんなキナ臭い話は和香子ちゃんは少しも気にしていない模様。

>ブタミから 聞いた 話によると、 今年 北相から津高を受けるんは 35名だそうです!

思春期の女の子になんとも酷いアダ名だが、恰幅の良さから中傷されることをかわすために笑いに転化して和らげる思惑があったのだろう。本人も本意ではないだろうけど侮蔑的でありながら愛くるしくもある微妙なラインのアダ名「ブタミ」を手放しではないものの受け入れていたようだ。

順当に行けば、お宿二代目女将の座におさまっていた、和香子ちゃん。高校の第一志望は「津高」であった。

>受験が おわったら 琴の とっくんだあ ~~~

小さなピアノは幼少期の頃のものだった。中学三年生の彼女はお宿の長女らしく、お琴を習っていた。それも本格的に。

>4月に 入ってすぐ ”おひきぞめ” <発表会みたいなもんですわ.> があるんだって 死にそお ・・・

つい今しがたそこで、手押しのガラガラを押していたあのあどけない笑顔の二頭身の幼女に、最愛の恋人がいて、世に羽ばたこうと日々受験勉強に勤しみ、大人の女性としての立居振舞いを身に着けようと、お琴まで習っているという、その目覚ましい成長ぶりには、目を細めるしかない、僕。まだこの交換日記の彼女には、輝ける前途洋々とした未来が開けていたのだと思うと、このままで時間が止まってくれないものかと、無理からぬ願いが次から次へととめどなく溢れ出てきてしまう。

>その 時は キチンと 着物 きるからね .写真を みせたげるね. <みっともなく なかったら・・・の 話だけど.>

晴れ舞台の「おひき初め」。お宿の御主人に女将、裕之、従業員も借り出されてのヤンヤの喝采の中での和香子ちゃんの独り舞台。写真にうるさい御主人が和香ちゃんのベストショットをパチリ。それを芳幸君にプレゼント。

「和香子、別人みたいに色っぽく撮れてるな。額に入れて勉強部屋に飾っとくよ!」

「捨てたりしたら恨んで出るから」

芳幸君、今も和香子ちゃんのおひき初めの写真、大切にしているだろうか   

朽ち果てた部屋で、ホコリの積もった雑多な残留物の中からこの交換日記を見つけ出した時のことを僕は遠い昔のことのように思い出していた。



 柏原芳恵の歌を和香子ちゃんも気に入ってくれて”嬉しい”と、芳幸君。中島みゆきもなかなかやるねぇと、喜びを隠さない。

 もう少しで卒業式。

 芳幸君は和香子ちゃんが卒業式で泣くのか泣かないのか、今から気を揉んでいるのであった。




つづく…

「芳幸の心の棘」廃墟、家族崩壊のお宿.15

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