ジェイソン村-11
 こういうブログをやっていると、「二十代の時に泊まりました。青春時代の良い思い出です」なんていう言葉をコメント欄に書いてくれたりする人がいるが、ここのジェイソン村こと「モーテル シルク」に関してはそのような声は全く聞こえてこない。

 この崩れようから、思っていた以上に古く、利用者はかなりのご高齢になっていて、廃墟ブログになんか目を通していないのか。

 内部をさらけ出したクーラーは室外機以上に巨大で、その年代物らしい古臭さは同時にホテルの古さを物語っているかのようであった。



ジェイソン村-17
 クーラーだと思ったが、床に置いてしまったら冷気は上に行かないのでそこらへんは流石に考慮されているはず。よってこれはヒーターだろうか。

 山奥で埋もれる寸前の廃墟ラブホテルに骨董品レベルのヒーター。

 山奥とは対照的に、街中で時代にそぐわなく、廃れてゆく、銭湯。

 その銭湯の壁に絵を描く銭湯絵師「丸山清人」さんというお爺さんがいるらしいが、その人の愛弟子が、武蔵美卒の東京藝術大学大学院一年、勝海麻衣さん。現役美人モデルでありながら芸術家でもあり、丸山さんに師事して女銭湯絵師見習いという、マスコミがほっとかないだろうその女性に僕も激しく心を奪われたのだが、目下、パクリ疑惑で大炎上中であった。

 ちなみに、銭湯絵師の丸山清人さんとパクリ疑惑の勝海麻衣さんを引き合わせたのが、大衆文化の研究でも知られる、銭湯界の重鎮らしい「町田忍」氏。いろんな界があるものですね。はじめて知りました。廃墟界だったら誰になるんでしょうか。十五年前ぐらいの廃墟ブームの頃だったらそういう人がいたような気もしますが、今は町田忍氏みたいな重鎮なる人物はいなさそう。

 町田氏のCSで放送していた「昭和レトロ紀行」はよくみてました。公園の擬木の説明や、電柱に貼られたプロレス興行のポスターの撮影収集ぶりは面白かったが、個人的に廃墟に行くようになり、街中の誰でも見ることのできる風景には興味が持てなくなり次第に番組からは遠ざかりました。彼女の父が医者で町田氏と付き合いがあり、すでに別の女見習い絵師がいたにもかかわらず、町田氏のコネで麻衣さんを銭湯絵師の丸山清人さんに引き合わせ、既にいた地味な顔の女見習い絵師(絵の実力は師匠以上)を追い出して黙殺。そんなことも騒動を大きくしている要因の一つのようです。

 ライブパフォーマンスで描かれた虎の絵のパクリ指摘を発端にして、過去の彼女の作品がネットで掘られるとそのほとんどが模倣というかどれもパクリだらけ。作画の技量自体デッサンが狂っているし塗りも雑。パクリ元のサングラスに映る部屋の家具までパクってしまうなど全てが稚拙極まりない出来。さらに、ツイッターの呟きまで、どうでもいい他人のフレーズまで丸パクリという節操の無さ。

 そんな渦中の彼女が、僕の自宅からそう遠くないカフェで(バイクで15分)、師匠と一緒に銭湯絵のライブパフォーマンスをやるというので、これは行ってみようかなと、そのカフェの詳細を調べてみると、これが、まぁ、お高い。

 古民家というより、そこまで古くもない昭和の建売住宅をリノベーションしたカフェ。一番安そうで店員に睨まれなさそうなメニュー、ケーキとコーヒーのセットでも千円以上はする。

 散々迷ったが、この大炎上中に彼女がノコノコと出てくるか疑わしく、結局行くのをやめた。

 案の定、当日のライブパフォーマンスに彼女は欠席。

 お爺さん一人でカフェの壁に富士山の絵を描いていたようです。どう考えても、勝海麻衣さんがいないと成立しないパフォーマンスなのに、無理に彼女のために担ぎ出されている丸山さんが不憫でならない。

 後日、師弟関係を解消したと、丸山清人氏のホームページで発表があった。

 これだけネットで大炎上しているというのに、ワイドショーでは全く取り上げないのは、電通が絡んだオリンピック案件だからとも噂されているが、実際のところどうなのだろうか。

 彼女に動きがあり次第、僕も俊敏に動ける体制を整えつつ、動向を見守りたいと思う。
 


ジェイソン村-12
 世間のオリンピック特需の狂想曲とは今のところ距離を置き、地味な検証を続ける、僕。



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 トイレのスペースは広め。

 コスト至上主義でない、まだ世の中が漠然と未来に希望を持っていた頃。



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 僕だけは、世間がオリンピックに熱狂していても、山の中の寂しい廃墟寺院でも彷徨っていようか   



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 部屋から部屋へと。



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 そう変わらない部屋が続く。



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 ジェイソン村は山に飲み込まれて静かにその姿を消そうとしていた。



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 山道はまだ上に伸びていた。



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 登って行くと広い場所に出る。

 何かそんなような気がして地面を探してみる。



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 予感は当たった。

 浴室のタイルだろう。

 この場所にもホテルの部屋が並んでいたが、何か理由があって解体されてしまったようだ。



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 リスクを顧みない、無鉄砲なオーナーが、ここに夢を築いていた。

 脆くも弾けて消えた夢。

 ジェイソン村の全てを見届けただろうと、元のゲートまで早歩きで戻ることにした。



ジェイソン村-47
 中央が裂けたゲートを出る。

 右に行くとバイクを止めた場所へ。

 では、左には何があるのか確かめてみることに。



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 ジェイソン村の入り口をパスした奥、傾斜があって丸太の階段があった。

 上って行くと、林に遮られていたが、眼下には相模湖が透けて見えていて、車の音も聞こえて来た。ベンチ代わりなのか、座れそうな大きな丸太がゴロリと一本。

 かつて、展望台だったのだろうか。



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 誰も知られずに草木の中に埋没しかかっていたが、確かに、相模湖の山の頂上付近に、ジェイソン村は存在していた。

 正式名「モーテル シルク」として。

 しかし、あまりにも古すぎて、オーナー、かつての宿泊者の影は微塵も感じられなかったのである   


 

おわり…

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