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 当時はこのアーチ型の入り口から出入りしていたようだ。

 北海道の建物の多くがそうであるように、防寒のために二重にドアが設置されていたはずだが、今やその二つのドアは侵入者にこじ開けられたのか、中途半端に壊れたガラス戸は危険なので管理者により安全性を考慮して意図的に外されたのか、どちらにしろ風も雨も雪も素通りできるようになっている。

 在りし日の導線を思い描き、鉱員になったつもりで、正式な入り口より堂々と胸を反らせつつかつ敬意を払いながら、入らせてもらうことになった。



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 その昔、天井には半円のお椀のようなぼんやりと黄色い電燈が灯っていた。

 遠い記憶にある診療所の玄関にでもあったような、この電燈。

 でもつい最近見かけたような気がして、『おやっ?』と思い、記憶の綱を手繰り寄せてみたりしてみたところ、そうだ、あれだった、あの人、「廃屋生き仙人」の邸宅に付随する廃墟診療所の同じく玄関の電燈。正確にはあったかもというイメージ。

 北と東で直線距離数千キロはあるだろうか。

 僕の頭の中で見事に本来なら相容れないその二つのイメージが結合してしまう。

 北に東に西に、時に、北朝鮮をも含む、全世界を駆け回る、僕ならではの豊かな経験値がもたらす表象の昇華、恵みの産物でもあるのだろう。土地に境界線は無いという思想のもとに、世界的空間からの視野で物事を考えていると、時として大胆な発想、思いもつかない有益な答えが導き出されることも多々あるのです。

【あわせて読みたい】廃屋生き仙人との友情

 もうお馴染みの廃屋生き仙人さんの事はくどくど説明しなくてもおわかりいただいているとは思いますが、大都会東京の広大な敷地に廃墟と見紛う崩壊寸前の元大邸宅で隠遁生活をお送りになっている、文字通り、生き仙人のようなお方です。

 彼を見出して以来、物珍しさからもっと積極的に公表していきたいのは山々であった。そういう要望も多かった。が、世間のいたずらに好奇な目から彼を守るために、僕はあえてこれ以上の追記記事の公開は控えてきた。彼も以前同様平穏に暮らしたいだろうし。

 生き仙人さんとの出逢いから数ヶ月が経った頃だろうか。連絡を取り合うこともしていなかったので、あの薄着で、果たして冬を乗り越えられているのだろうかという心配は、心の隅に常につきまとっていた。僕が訪問してやらなかったばかりに、居間で凍死なんてことになってやいやしないかと。

 そんな縁起でもない考えが頭をよぎったりかすめたりしていた、ある日のこと、一通のメールを受け取ることになる。暮も押し迫る、十一月の中旬。

当社の方で、フジテレビの新春特番として全国各地にある 様々なナゾの家を訪ねてみるというような企画の番組を制作することになり・・・」

   なる文面のメール。

 テレビ制作会社からのメールで、要は「廃屋生き仙人」さんをフジテレビの正月特番で特集したいから、居場所を教えて欲しいのだと言う。

 表記されているテレビ制作会社を検索してみると、さまぁ~ずの番組をはじめとするメジャーな番組を多く手がける大手の制作会社のようである。

 正直、「廃屋生き仙人との友情」というタイトルで記事を書いてはみたが、お察しの通り、実際は友人でもなんでもない。廃墟だと思った家で撮影をしようと庭でうろついていたら、僕を新聞の集金人と間違えた生き仙人さんとその場で話が盛り上がっただけで、友人関係までには至っていない。生き仙人というぐらだから、俗人の僕が入り込めない透明なバリヤを彼は放っているので心が打ち解けるには相応の時間が必要になるだろう。

 ただ、冗談ではなくて生きているのか心配であったし、以前も映画監督からホラー映画の舞台として邸宅を使用させて欲しいとのオファーを、名所になったら困るという理由で断っていることから、新春番組に出演して私生活を晒け出すのは到底承諾しないだろうことは想像できたが、オファーを受ける受けないを聞きに行くがてら、彼の健康状態を確かめたかったし、駄目でも記事一本書けそうなので、制作会社の人に「気難しい人なので、まず僕が彼に出演の意思の有無を聞いてきます」と伝え、廃屋生き仙人さんの家に久しぶりに行ってみることにしたのだ。

 個人情報がとやかく言われる昨今、友人でもない僕が、生き仙人さんの家の住所を右から左に、大手テレビ制作会社の人とはいえ、ホイホイと教えられないということも大きかった。

 数ヶ月ぶりに訪れた、廃屋生き仙人邸。

 道路に積もる枯れ葉の量が若干多いかな、ぐらいで、他は以前と変わらないようであった。

 彼の家には呼び鈴が無い。

 以前来た時に「今度来た場合、どうやって呼び出せばいいのですか?」と聞いたら、叫ぶか物を叩いてくれ、と言われたことを思い出す。

 住宅密集地で恥ずかしかったが、「すみませーん、すみませーん」と繰り返す。

 全く反応なし。

 テレビの音がうっすら聞こえてくるが、彼のいる居間は土地のずっと奥なので、そこから漏れているのかは不確実。

 しょうがないので、次は門柱や開かずの扉となっているあずまやの障子などを叩いてみる。

 無反応。

 自転車は以前と同じく二台置いてある。

 この日は仕方なく退散。

 以後、一週間の間、時に連日、または一日開けて通ったが、いないのか、居留守を使っているのか、廃屋生き仙人さんと顔を合わせることはなかった。

 敷地の塀から遠くに見える居間の天井の蛍光灯は前と同じく昼でも煌々と点いていたが、それが在宅の証明にはならないけれど、いる可能性は極めて高いと思われる。

 警戒しているのである。

 本来なら誰が来ても出てこないのだろう。あの日はたまたま新聞の集金日だったので、僕は生き仙人さんと遭遇することが出来たが、それは、一ヶ月に一回の偶然の奇跡がもたらした出逢いだったのである。

 僕は廃屋生き仙人さんとのコンタクトを諦めた。

 後はテレビ制作会社の人に委ねることにして、洗いざらい、生き仙人邸の住所を伝えることにした。

 それから制作会社の人から連絡が来ることはなく、正月を迎える。

 正月の三が日、気になってフジテレビを時々ザッピングしてみるが、それらしい番組はやっていなかった。

 お蔵入りになったのか。

 一月の中旬になりフジテレビのHPをのぞいてみる。

 すると、新春特別番組の特集が組まれていた。その中にそれらしい番組があった。「あいつにあって来な」という番組で、レポーターが駅前に停まっているタクシーの運転者から街の有名人を聞き出して、その人に遭ってくるという内容。ネットのブログで事前に調べているからヤラセになるけど、まあそのぐらいはバラエティ番組の演出の範囲だろう。番組の放映は既に過ぎていた。僕はてっきり思い込みでゴールデンタイムにやるものばかりと思っていたが、放送時間は深夜。その新春番組の特集記事で唯一の深夜番組。どうやら、廃屋生き仙人さんはテレビのオファーを断ったようだ。



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 アーチをくぐると、そこはホールのような空間。



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 ある一時期、北に向かうバイク乗りが夢にまでみたホール。



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 これだけのものがあるのに、今日の訪問者は僕ひとり。勿体無い。



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 紫外線をたっぷりと浴びていた労働者達。



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 二階への階段がある。



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 鎖で何か釣っていたのでしょうか。



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 訪問者の吸い殻など無くてひと安心。



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 徹底的に片付けられている。森の蔵には資料などがほったらかしだったのに。



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 二階に行ってみることに   




つづく…

「二階へ昇った、探索者」再訪、金鉱山ゴーストタウン&週刊ベースボールハウス.8

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