姫
 前からあたりをつけていた、とある物件を訪ねる途中、ある湖の手前に差し掛かった時、その廃工場は視界に入って来た。

 トタンの簡素な平屋。廃工場だろうという第一印象はほぼ当たっていた。意外だったのは細長くて入ってから奥へと伸びていたこと。奥の方は家族の住居棟になっていたのだ。

 バイクで大きなカーブを体を傾けながら軽快に曲がっていると、Rの中に生い茂った森。その森からのぞくトタン屋根。トタンは錆びて一部がめくれ上がっている。

 山奥にある炭焼き小屋のようだなと、休憩がてら廃工場、といってもおっさん一人で焼き物でも作っていたようなその元工場を見学してみようと、バイクを止めてみることにした。

 カーブの内側の崖という立地。道路を挟んだ向こうは山がギリギリまで迫って来ている。

 激しい車の往来。車を駐車させるスペースは無い。かつてはあったのだろうけど、今は植物が茂っていてバイクを一台置くのが精一杯。

 事前にネットの大海を端から端まで調べ上げたわけではないが、おそらくここは未掲載物件であろうことが濃厚のように思われた。

 駅から遠いので電車利用の人はまず来ようとは思わない。ひっきりなしに車が通行、駐車スペースが無いために車の人も訪問は難しい。交通手段がどうであれ、建物の先端部分だけが露出した状態なので、こじんまりとした小屋だと思い、大したのものはないだろうと、素通りする人がほとんどであろうということもあり、見過ごされて来た場所なのではないだろうか。

 廃工場の奥の住居棟部分で僕は、その昔、幸福の絶頂を極めた親子二代に渡るご家族の一辺の曇りも無い押しつけがましいほどの笑顔の写真を発掘することになる。今とあまりにも違う一コマ一コマをどう言葉にしていいのか途方に暮れてしまう。

 廃墟の薄暗がりのなかで男がたったひとり、畳の上、中腰のまま、気づくと、昼食をとるのも忘れ、家族のアルバムをむさぼり読み、いつしか白い歯さえこぼれはじめる。

 アルバムを読み込むあまり、家族の一員のような錯覚さえしてきたのか、眩しい奥様の文金高島田、懐かしいとさえ。雑音の無い場所での深い感情移入によるものなのか。

 数年後、朽ちた廃工場が崖下に崩れ落ちてしまったら、ご家族の生きた証はどうなるのか。

 無になる。家族の一員ならば、形として残らないならばせめて、と思うのが本望ではないだろうか。



廃工場-185
 バイクを白線の外側ギリギリにとめる。平地を少し残してすぐ斜面になっている。ちょうどパトカーが通ったが怪しまれてはいないようだ。車だったら白線に跨って駐車することになるし、カーブの途中なので不審に思われて職質でも受ける可能性が高そう。バイクなら休憩でもしているのか程度だろう。



廃工場-180
 作業小屋に見えるが、表札がある。表札には複数名。会社兼自宅らしいということがわかった。



廃工場-177
 この外観でよもや現役ということはないはず。

 ポストにガムテがない。剥がした跡すらない。

 廃墟であるならば、身支度もせず一夜にして姿を消された可能性が高まってくるというものだ。



廃工場-178
 一票でも取りこぼしたくない、この姿であるけれども、一か八かで訪問したのでしょう。



廃工場-173
 入り口前を通って敷地奥へ。

 横たわる給湯設備らしきタンク。

 十数年は経っていそうだ。



廃工場-174
 手前がベージュ色のトタンの建物。奥が茶色の板張りの建物。二棟は繋がっている。



廃工場-182
 一番端部分。

 足を滑らせたら谷底に転がり落ちそう。



廃工場-184
 住居部分はこのように藪で覆われているために、ヤンキー達の心霊スポット巡りやグラフィティ連中の好奇の目から逃れていたのかもしれない。



廃工場-183



廃工場-181
 住居部の玄関。

 草木に阻まれている。



廃工場-179
 アルミサッシのガラス戸は抵抗も無くスルスルと開いた。



廃工場-4
 右側の窓が一面にある部屋には窓に向かって机が継ぎ目なく並んでいる。



廃工場-165
 入ってすぐに事務机。



廃工場-166
河野燃系

 会社の名前のようだ。

河野撚糸が正解です。ゆぺこ様、コメント欄よりのご指摘、どうもありがとうございました。



廃工場-168
 会社の代表でもあられる御主人はPTAの要職にもつかれていた。それがなぜ、こんなことに   



廃工場-164
 事務員であった奥様の趣味だろうか、黒板にはリースが掛けられていた。日本ではクリスマスに飾り付けるのがポピュラーのようだが、ここにも、人々の心に余裕のある、クリスマスを祝うような華やかな時代があり空気が流れていたということなのだ。



廃工場-171
『信じられない・・・』

 思わず廃墟で独り言を言ってしまいそうになる。



廃工場-167
 机の引き出しにはこのチラシが大量に入っていた。

 事業を拡大しようとしていた矢先、それとも、追い詰められてなりふり構わずであったのか。



廃工場-163
 1998年の4月のままのカレンダー。

 1998年の平成10年といえば、Windows98発売、コギャルブーム、アントニオ猪木引退試合、和歌山毒物カレー事件、ゲームボーイカラー発売、セガが「ドリームキャスト」を発売、貴乃花と若乃花の史上初の兄弟横綱が誕生、など。

 どういう時代の空気を掴めばいいのか、自分の中である程度のシミュレーションをしておくことにする。



廃工場-172
 21年も前の缶入りドッグフード「愛犬貴族」が封も切らずに電話の横に置いたまま。

 今も食べられるのだろうかと、遠い昔に思い馳せる、僕であった   




つづく…

こんな記事も読まれています