峠ドライブイン-119
 二階廊下の突き当り、トイレ横のドアからテラスに出てみる。



峠ドライブイン-109
 斑に群生するスナゴケの敷物を踏んで、前へ、前へと。振動が薄い鉄板を伝って階下で反響音となって返ってくる。

 数歩歩くと苔についた露がカーゴパンツの裾をしっとりと濡らしていた。帰途もバイクなので気にもしない。



峠ドライブイン-115
 言い得て妙とはこのこと。お孫様のおっしゃる通り、お祖母様の形見であるお人形が、優しい眼差しながら、キリリと、旭山の敷地全体に目を配っていらっしゃるかのよう。

 眼下の荒みようはお祖父様にはちょっと見せられない。



峠ドライブイン-116
 見守っているとは言うものの、庇が死角になって玄関から入る時はこの人形にはまず気づかない。



峠ドライブイン-110
 荒れる現状を危ぶみながらも、テラス上にあった倉庫に入ってみる。

 良かった。まるで荒らされていない。

 カズ少年にお孫様、当時のままをお懐かしみ下さい   
 


峠ドライブイン-111
 キャビネットの引き出しに、ピンク・レディーのシール。ミーの顔の部分が故意によるものだろうか剥がしてある。年代的にお孫様の物でケイ派だったのだろうか。アイドルファンとはグループの中でメンバーの好き嫌いによる対立が激しく、推すあまりに対抗意識が生まれて他方のアンチと化して時に同じグループのファンでありながら互いに憎悪をぶつけあったりする。お孫様が、ミーの人気と活躍に嫉妬して憎悪を募らせて顔部分を剥がすか削るぐらいは、グループのアイドルファンなら誰しも経験することなのである。

 彼やカズ少年はこの旭山ドライブインで暮らしていたわけではないが、一族の家具などの置き場としてここが使用されていた可能性は高い。



峠ドライブイン-112
 木製の茶箱に「東京ばな奈」の包み紙を貼って装飾したものか。

 モーリスのアコースティックギターにそのものズバリ「MF-60」というのがあるので、1970年代という時代背景的にも、お孫様、ビートルズの曲をこのテラスの上で演奏されていたのでは、と思ったが、MFの文字の前に「・・・Battery」と表記があるので、どうも違うようだ。



峠ドライブイン-113
 倉庫を出る。

 テラス奥は緑の茂った広めの区画があった。

 ゴルフ好きのお祖父様のパット練習場だったのだろうか。ビーチチェアーを並べて日光浴をしていのか。

 お祖母様のたてたお茶でお茶会が催されていたのか。

 何れにしろ、辛い労働から一時でも開放されるような、客と隔てられた、安息の場がここに設けられていたと僕は見る。



峠ドライブイン-120
 店内に客が一人もいない時などは、ここでお祖父様が山を眺めながら煙草を吸っていたのだろう。

 コーナーを曲がった車両が、そのまま旭山ドライブインの駐車場に入って来ると、お祖父様は一目散に一階食堂の厨房に駆け込んだ。

 カウンター内。

 ずっとここにいましたよ、みたいな澄まし顔をして、荒い息を整えつつ、

「へい、いらっしゃい!」

 
 お孫様はどこか吹っ切れていられるようで、ドライブインの伝説を記録して残そうなんて張り切っているのは、僕ぐらいのもの。



峠ドライブイン-100
 緑苔にあぐらをかき座って山を見つめること二分間ほど。

 僕は重い腰を上げ立ち上がると、静かに一階に降りていった。

 最終検証の最中に、この旭山絶頂期のものと思われる、それを見たら誰もが笑みをこぼさずにはいられないだろう、一族の繁栄を丸ごとおさめたような、記念すべき感動的な一枚を、僕は手にすることになる   


 

つづく…


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