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 集体は休みだったので別の中学校に移動することはなかった。

 ちなみに、集体とは、過疎化により生徒数の少ない学校の生徒が地域で一番大きい学校に集まって合同で体育を行うの授業こと。

 でもキョーコさんの学校だけで体育の授業をやることになったらしく、学年全員揃ってグランドでサッカーをすることに。

 ここで、いまいち不明だった、キョーコさんの学年の人数が判明することになる。もしかしたら、全校生徒の可能性もある。

『うちの学校だけでやる・・・』とは言うものの、その人数は、なんとも侘しい、内地に住む僕からすると、その人数で、サッカー成立するの!?と、思わず耳を疑うような人数しかいなかったのである。

 雪が降り積もったグランドで、フットサルより少ない人員でやらされることになった、サッカー。さぞかし文句タラタラやっているのかと思いきや、確かに不満こそ書き連ねていたものの、面白かった、と、満更でもない感想を漏らす、キョーコさん。

 あと数日でバレンタインデー。彼に渡す見込みもなく、もだえ苦しみ懊悩する、彼女。では、受験勉強に忙しいのかというと、全然しとらん、と、あと試験日まで残り十数日だというのに、やる気配もなく、いったい私は...と、あらためて自分の現在の立場を真剣に見つめ直すことに。

 キョーコさんは言う、入る可能性は本当に少ない、、、のだと。

 ところが、彼女は受験を捨ててはいなかった。

 今までの怠惰ぶりはなんだったのかというぐらいに、残された少ない日数で出来る限りの受験勉強計画を、事細かに、一挙に、まくし立てるように、未来への大いなる希望抱きながら、意気軒昂に、書き連ね、高みの高校を虎視眈々と実は狙っている、静かなる闘志を燃やす、キョーコさんなのであった   



8
**1 9 7 9  ・ 2 ・ 8   (木) ( 9 日 )2:40
 べ つ に 今まで 起 き て い た の で は ない .
 12 時 ご ろ に   ご ろ り と  ね て そ れ っ  き り .
 2: 3 0 分 に なっ て  目 が  さ め た   昨  日 は あ ま り
ね な か っ た か ら   、   勉 強 も ろ く に し な い の に
よく こ ん な に   お そ く ま で  起 てら れ る
な ぁ          と 自 分で も お も う  .
 いっ た い  こ の 長 い 時 間 を ど う して 過 ご  し て
 い るのか  ?と  , _  -   -
 金山 君 達は 何 時 ?  私 こ れ か ら ね
 も っ と 早 い 時 間 に ね ます  . 勉強 も
 ち ゃ ん と  して ね -。・ も うね ま す ね  、
 み な さ ん    お や すみ  な さい、,お や すみ

ここのところ実に丁寧な字で日記を書いていたキョーコさんが、投げやりなのか、心境の変化であるのか、随分と乱筆になっている。

>12 時 ご ろ に   ご ろ り と  ね て そ れ っ  き り .2: 3 0 分 に なっ て  目 が  さ め た

昼に寝て、深夜の2時30分に起きるという、堕落ぶり。まもなく、一世一代の大勝負となるだろう、高校受験に挑む受験生の謙虚な姿はそこにはなく、全てを捨て去ってスッキリとしたかのような、自暴自棄な振る舞いさえ感じられる。

>勉 強 も ろ く に し な い の によく こ ん な に   お そ く ま で  起 てら れ るな ぁ

何度繰り返しこれを書けば気が済むのか。明日こそはやらなければと、毎回思うのだろうけど、結局やらずじまいの、彼女。「アスナロ」という木がある。「明日(はヒノキに)なろ(う)」、なろう、なろう、と、結局、ヒノキになれない哀れな木。今のキョーコさんは、そのアスナロに見えてきて、受験日当日まで、やろう、やろう、と、うわ言のように繰り返すが、右手のペンは宙に浮いたまま。やがて悲劇的な結末を迎えるという、最悪の結果が見え隠れしているようでならない。

>金山 君 達は 何 時 ?  私 こ れ か ら ねも っ と 早 い 時 間 に ね ます

数十年後の、大地に横たわる廃屋という目を背けたくなる現実は動かせないものの、中学生の時点では目の前の目標を投げ出したりはせず、まずは早く寝るという、将来に繋がるような小さな行動を、今、起こしたかに見える(振り返ってみれば)、キョーコさん。

>み な さ ん    お や すみ  な さい、,お や すみ

これもまた、最近急に使い出しているが、まさか、未来の読者の気配を過去において感じ取っているのではなかろうに、「みなさん...」と、独特の嗅覚で、僕や読者に語りかけたのではないだろうけど、それとも、孤独に押し潰されそうになり、仲間に話しかけるテイで、寂しさを紛らわせたかったのか、とにかく、複数の皆さんに向かって、語り始めた、キョーコさんなのだった   



9a
9b
 1 9 7 9 年  2 月 9 日   ( 1 0 日 ) *1:55

 今 日 は金 曜 日 で し た 。  集体 は あ り ませ ん で
し た 。 その か わ り と い うよ りも 集体 は

 な い . .. .  並木 に 行か な い か ら  ウ ち の 学 校 だ け
 で や る ・ -  -  と い う こ と  で  6 人 で  や っ た 。
 外 で  ( グ ラ ン ド で )  サ ッ カ       を  や っ た 。
 雪 が  つ も っ て い る の で  足 が  雪 に つ っ か
 か っ て 進め な く て  足 が  も つ れ て 走れない。
 走 る ど こ ろ か  歩 く の が や っ と な の よ ・
 も う  3, 4 m 走 っ た だ け で  ハ  ア ー
 ハ アー   い っ て - - -  も う つ ら く て つ ら く て
 でも  お も しろ か っ た .  足 が 雪 に  とら れて
 つまず い て  たお れた り し てさ ,
 つ い で に . . . 今日  歯 医者 に 行 っ た。
 今日 は 汽車で は なく  先 生の 車 出  行 く
 こと に な っ たの ダ  (戸 田 先生 )  先 生 も
 歯医者 に 行 き た い か ら . . . だ っ て サ ! つか れ 、
 あ と 4日 で バ レ ンタ イ ン デ      だ け と も  , , , _  _
 あ げ た い .  で  も  あ け ら れ な い   _ _  . .
 ど う しよ う も ない   .   私 は ほ んとに 受験 生
 なん だ ろ う か  . あ と  1 7 日  く ら い し か な い の に .
 全然 勉強 しとら ん  .  は た し て こ れで

別の中学の金山くんと会えることから、集体が楽しみで楽しみで、時として待ち遠しいあまり身悶えさえしていたキョーコさんだったが、残念なことに、今日の集体はなかった。

その変わりといってはなんだが、キョーコさんの学校の生徒だけで、グランドでサッカーをやることになったようだ。

>と い う こ と  で  6 人 で  や っ た 。

全校生徒、たったの、6人だった。右肩上がりの経済成長は終わり、ベビーブームも去っていた頃だとはいえ、北の最果てのそれでも道内有数の都市の隣町の中学校、いくら街を支えていた石炭産業が斜陽化になっていたといっても、生徒数6名だけでは、フットサル1チームにも満たない人数である。まず、キーパーが敵味方それぞれ1名配置となるので、実質、競技メンバーは4名。2対2の試合となってしまう。攻撃の戦術も、守備陣形も、フォーメーションもあったもんじゃない。ロングパスも、オフサイドトラップなんて、会話にも上らなかったことだろう。

>雪 が  つ も っ て い る の で  足 が  雪 に つ っ かか っ て 進め な く て  足 が  も つ れ て 走れない。

集体が中止になった理由はおそらく大雪が原因か。だからといって、自校で雪が積もる中、サッカーをやらされた、キョーコさん。大会を目指しているわけでもないのに、小さいながらも当時としては立派な体育館を備えていたにもかかわらず、なぜに、サッカー、であったのか。

>走 る ど こ ろ か  歩 く の が や っ と な の よ

積もった雪、歩くのがやっとのサッカー。困難を克服して仲間意識を今まで以上に芽生えさせようと、卒業を間近に控えて、そんな思惑が先生にあったのかもしれない。

>も う  3, 4 m 走 っ た だ け で  ハ  ア ー

やる意味の無かった、雪中サッカー。先生の思惑はどうであれ、理不尽なものを感じていたに違いない、彼女。

>でも  お も しろ か っ た

文句ばかりを並べ立てていたのに、面白かった、と、キョーコさん。案外先生は、押し引き、生徒の嗜好を熟知している、有能な先生だったのかもしれない。

>先 生の 車 出  行 くこと に な っ たの ダ  (戸 田 先生 )  先 生 も歯医者 に 行 き た い か ら . . . だ っ て サ !

将来、現在に至るまでに、とある禍根を残すことになる、戸田先生。その萌芽は実は以前の”君の名は石碑”に端を発していたが、生徒と先生が一緒に車で歯医者に行くという、その密接度が、それをもたらしたのか、この時代ならこの近しい関係はそう珍しくもないのか、特に疑問や鬱陶しさも持たず同乗した、キョーコさんだった。

>あ と 4日 で バ レ ンタ イ ン デ      だ け とも

カウントダウンだけして、指をくわえているだけで過ごすことが確実ながらも、来年に想いを託すために、声だけはあげておく、彼女。環境が激変するとはいうものの、一年後、人間がどこまで変われるものなのか、見届けるしかないだろう。

>あ と  1 7 日  く ら い し か な い の に .全然 勉強 しとら ん

残りあとたったの17日。牛が立ったままミイラ化したような、現在のキョーコさんの家が、繰り返しながら、何度も言及するけれども、あのキョーコ邸が、床暖房を備えた開放的なバルコニーのあるコンクリート打ちっ放しの瀟洒な家に変わるわけもないが、高校受験で踏ん張っておかないと、その後の人生、大きく下方向に変わることは想像に難くない。なのに、この期に及んで「全然 勉強 しとら ん」と、ペンを持つキョーコさんの右手は、いまだ、宙をを泳いだままだったのである   



9c
 良 いの だ ろ う か  .  良 く ない 良 く な い   良く
 ない の は   わか っ て い る の に  ,  い っ た い 私 は
  . . . .  私 は  本当 に 受験 生 な ん だ ろう か  ・
 入 る 可 能 性は  ほ んと に 少 な い の に .
 お ち る 方 が  強 い か も し れ ない し .. も し か す る と
  ひ っ か か っ て  入 る か も し れ な い の  ニ 通 り  .
 ど ちら に 入 る だ ろ う  この 私  .  少 し で も 入 る
 可能性 を  ゆ う り に し たほうが  い い  . そ の た め
 に は   勉 強 ,* 勉強  .  復 習 と 問 題 な れ
 し か ない 、 特 に ,  社会 , 理 科  、数 学  ・
 国 語 は 問題 を や  っ て も  あ ま り か わ ら な
 い と 思 う ・ 漢字 く ら い か な ?  英 語 は ス ペ ル と
 as・・a s  ・ ・ -can  と か    T o o   ~~~  T o   と か If  ・・・・
  と か  又 は   PUt  , P U t  , P U t  .  b u y . b o ugh t ,
 b o u ght  .   など ・ - の  へ ん 形 を  お ぼ え た り  .  か んけ い
代名 詞の使 い 方  な ど お ぼ えた り  .   * た んご の 意 み
 を お ぼ えたり ね  、  数 学 は なんと い っ て も 問 題
 慣れだ  .  社会 は だ い た い お ぼ えて か ら  .
 そ の 問 題の 答 を お ぼ え て い くの だ  ・・-。

捨て鉢になり、まるで親に当てつけるかのように、食っちゃ寝をしているわけではなかった。”良くない”を何度も繰り返し、見失いかけている自分を必死に呼び戻そうと努力しているかにみえる、キョーコさん。

>私 は  本当 に 受験 生 な ん だ ろう か

残り十数日を残すばかりでありながら、今さらながら、自分自身を問いただす、彼女。私は、何者なのだと。少なくとも、この時点で、どうにでもなれと、自分を捨ててしまっているということはなさそうだ。

>お ち る 方 が  強 い か も し れ ない し 

高校に入るのは難しい。落ちる可能性が極めて高いと、現在の身の程をわきまえた、的確な状況分析をしただろう、彼女。

>も し か す る とひ っ か か っ て  入 る か も し れ な い の  ニ 通 り

残り十数日、全く勉強やっとらん、と、豪語しておきながら、もしかするとひっかかって入れるかもしれないと、全くやっていないという表現は大袈裟で、合格の望みが僅かながらあるということは、言わないまでも何か少しはやっているわけで、決して、中学卒業後の就職先の検討の段階に入っているわけではなかった、崖の先端ギリギリで踏みとどまっていた、キョーコさん。

>少 し で も 入 る可能性 を  ゆ う り に し たほうが  い い  . そ の た めに は   勉 強 ,* 勉強

こんなことを言いながら、物凄く拙い英文法を書き連ねているが、結構な進学校を狙っているにもかかわらず、今の段階でこれでは、受験の結果には相当厳しい審判が下る可能性が大きいと言わざるを得ない   



9d
   あ と 少 ししか な い け ど 出来 るだ ろう か  .
   なや む なあ .  受 験 生に な ら ね ば   .
  B U t .  私は   ,    私 の 身 は  --- ・  心 は  ・  - ・
   別 の 方 に と ん で い る の だ  _. _  今 日 お もい
  出 し てし まっ た の  ,   あ の  た の し  す ぎ る ほ ど
  たの し か っ た お も い 出   _  涙が 出 ます  . . .  。
  あの 修 学*旅 行 の 時 の  学 校  の  招 か い と か
   出 しもの* と か  - -・ -  金山君 の ギ タ      を ひ い て
  いたのを お も い 出 し ます 。  と ても  うま く  ・
   す て き で  - - - -   たの し か っ た. . .  _  あ の 日 を
  も う 一 度  す ご し たい .  も う ニ 度 と  こ な い 日 _
 涙が で ます 、か な しく な り ま す , あの 日 の こ と  、
 つ ら い の で す 、  あ の 日 の こ と が なや ま し い の
 で す ・  金山 君  .....   貴 方 の 心 は  ど  こ  に
 ある の  _ .. . .  金 山 君  . .   .   . .  。
   山角 君 も 好 き . . .  ・  金 山 君 も 山角 君 も 左 きき
  なの よ ね  ,    私 と同 じ   _  .  .    ウ ヒ ヒ .  ,  ,  .
  だ か ら こそ  い っ そ う . 自分 と つ なが り を も っ て
   好 き に な っ て し ま う . .  . .    好き な の に  ・ ・ ・  お や すみ .

残り僅かの日数。この時点で、本人はまだ受験生になりきっていなかったという、中学最終学年の生徒としてあるまじき一言が、彼女の口から発せられてしまう。

>私 の 身 は  --- ・  心 は  ・  - ・別 の 方 に と ん で い る の だ

さっきまで取ってつけたような英文法を学習して、やる気をみせていたが、身も心も、別の方へ飛んでいると、キョーコさんは言う。

>あ の  た の し  す ぎ る ほ どたの し か っ た お も い 出   _  涙が 出 ます

無限ループのように繰り返される、現実逃避、修学旅行の夜の思い出話に深夜にあの屋根裏部屋でたったひとり花を咲かせる、彼女。涙が出るとまで。裏を返せば、あれ以降、よっぽど楽しかったことが無かっということなのだろう。進学して夢を切り開くというより、思い出の殻にに閉じこもる、キョーコさんだった。

>あ の 日 をも う 一 度  す ご し たい .  も う ニ 度 と  こ な い 日

あれ以上の喜びはもうこの先の人生でも訪れないであろうと、どこまでも来るべき未来に悲観的な考えでいる、彼女。であるからして、勉強にも熱が入らないのかもしれない。まさか、遠い未来であの廃屋の影が頭にチラついたわけでもないだろうが、冴えない姉に出稼ぎの父、女手一つで酪農をギリギリでこなす母親をそばで見て、暗い将来を見透かしていたのだろうか。

>金 山 君 も 山角 君 も 左 ききなの よ ね  ,    私 と同 じ   _  .  .    ウ ヒ ヒ

金山君が左利きだったのは文中で言及があったが、山角君もであった。長期療養して周囲が爺さまばかりで気が滅入ってしまい、毒沼の病床に身も心も首まで浸かってしまってひょっとしたら記憶が飛んでしまったのか、キョーコさんも左利きだったことに驚かされる。僕も左利きであるけれど、この日記を廃屋から持ち出した理由として、ある運命的なことが日記に書かれていたことを僕は理由にあげていたが、当然ながら、この程度のことではない   



 中学生時代の最終局面において、キョーコさんの現実逃避に歯止めがかからない。

 奇跡の修学旅行の話の次は、初恋でもあった、中学に入ってすぐの卓球大会で一目惚れをしてしまった、今では大層出世したとの噂もある、あの彼のことを、誰と話をしているのか、会話形式で、受験勉強のさなかに、かつてない凄まじい文量をもってして、たったひとり、たったひとつの思い出のために、現実からそんなに目をそらしたいのか、膨大なページ数を費やしてしまうことになる    




つづく…

「ひとり演じていた、少女」廃屋に残された少女の日記'79.18

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