吉祥寺-144
 旧本堂のすぐ隣にある、故ご住職のご自宅であったであろう建物。

 壁には好き勝手に竹が這い、土壁は崩れ、柱は腐りかけ、今にも全体が轟音を立てて崩れ落ちてきそうだった。



吉祥寺-78
 一階部分は納屋になっている。となれば住居部は二階ということになるが、二階入り口への階段は断面部も鮮やかに、綺麗サッパリ崩落してしまっている様子。

 二階玄関部分が浮いた格好に。



吉祥寺-77
 僕ひとりの重みが加わることで、全壊したりしてしまうどころか、生き埋めになったりしやしないだろうか   



吉祥寺-76
 途中までしかない階段の残骸があった。これを踏み台にして、登ってみることにした。

 まず、残った階段の一番上まで登る。頭のてっぺんがギリギリ二階玄関の床部分まで届く。目に入るのは床下の基礎の厚み部分。つまり、部屋の中はうかがえない。両腕で床の縁部分を掴んで体を部屋の内部へ二の腕の力だけで持ち上げ押しやることは重量挙げの選手でもなければ無理。自分のいる位置が低過ぎるのだ。

 床の縁部分をがっちりと掴みつつ、それを起点にして足を真横の壁に掛けて、ブーツのソールの粘着力を信じて、垂直の壁を一歩一歩下半身だけを上方向へと進めるしかない。

 実際やってみたが、よく大道芸で、一本の棒に捕まって体を水平に保ち旗みたいな格好をする芸があるが、まるであんな感じで、両手はガッチリと二階床の縁の突起部分を離さずに、足は横の壁をピョコピョコと細かい足取りで上へと登ってゆく。やがて、足と体は二階床部分と水平になり、さらに歩みを進めると、両足のつま先を畳の上に乗っけることが出来た。そこまですれば、転げるように、二階床に全身を乗せてしまうことは、もう容易いことであった。
 


吉祥寺-82
 自分の持つ全体力の約70%は使い果たしたのではと思うぐらい、魂が口から抜け出たような脱力感があり、もうヘトヘト。でも登りきった。

 時折、敷地外から下校途中の学生の話し声などが聞こえてくる。

 まさか、彼らは、目の前の廃寺で、熱い息を切らし、いい大人が、廃屋の二階にぶら下がって落ちるか落ちないかの、一歩間違えれば下半身骨折の、神経を殊更すり減らすような、際どくもある探索に挑んでいるとは、想像だにしないことだろう。

 わかってくれる人だけが喝采の拍手を送ってくれればよい、僕はそう思うことにして、剥き出しの壁からそよぐ風でしばらくの間火照った顔を冷やしていた   



吉祥寺-83
 横浜の閑静な住宅街に、壁さえ無い廃屋が、たたずんでいるとは、誰が想像するでしょうか。思わず、胸ポケットから取り出した懐中電灯を素早くしまう、僕。そこまで暗くはなかった。



吉祥寺-86
 振り返れば、覚悟はしていたものの、お経だか毛筆で何か書かれた破れた障子は想像以上に気色悪かった。



吉祥寺-79
 襖の中身は障子のように格子状になっている。肉付けのために毛筆で書かれた何らかの書き物を再利用として貼った。その上に唐紙を貼って襖の完成。その後、まさかの家の壁が無くなり、風や雨に曝されて、唐紙がビリビリと破けてきて、中の文字が表出した。というのが事の真相だと思われる。



吉祥寺-80
 ご住職一家、子供がこんな部屋で育ったのかと心配したが、住んでいる当時は模様の入ったしっかりとした襖だったのだろう。



吉祥寺-81
 残留物も古い。ぱっと見江戸時代? こんなの時代劇でしか見たこと無い。



吉祥寺-84
 世捨て人もここで寝ようという気にはならないでしょう。



吉祥寺-85
 オカルト全否定派ではありませんが、間違っても、押入れの奥から視線を感じるなんて言いません。



吉祥寺-89
 壁に守られて、時だけが過ぎてゆく空間。



吉祥寺-90
 妻のミシンも錆びてしまい、やがて二階から転がり落ちるのも、もう時間の問題か。

 そして、押入れをそっと優しくガサゴソとやってみると、、、



吉祥寺-100
 瀬戸内寂聴しかり、ご住職も人間、人として煩悩に抗えなかったのか。なんとも卑猥な雑誌が隠されていた。お値段、40円!

 芋づる式に、謎に包まれていたご住職とご一家の貴重な御写真も、御開帳の運びとなったのです   




つづく…


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