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 台所の次はお風呂場に移動した。飛ばそうかとも思ったが、浴槽の蓋を捲れば何か面白い物が見られるんじゃないかと、貪欲な僕は、ここでも見逃すことは出来なかった。

 壁を突き破って木の枝が浴槽に絡まりかけている。

 浴槽の蓋は開いたままで、特にネタになりそうな物は隠されていない様子。

 水色の細身のスリッパは妻用、茶の幅広の磁気サンダルは旦那用だろう。

 老夫婦は引っ越す前の晩、新婚以来数十年振りに、二人で遠い昔を懐かしみながら、この狭い浴槽で汗を流しあったのか。

 旦那はョーヤのウメッシュを飲みながら、皺々になった妻の背中を悲しげに見つめる。

「私にもウメッシュちょうだいよ!」

 ぶんどったウメッシュを鼻息荒くゴクゴクと下品に飲み干す、妻。空になった缶を浴槽に繋がる湯沸かし器の蓋部分に無造作に置いた。缶を片付けずにそのまま風呂場から立ち去る妻をはしたないと旦那は思ったが、明日になれば家を引っ越し、もう風呂など二度と使用しないのだから、そんなこと気にする必要はないのかなと、缶をそのままにして妻を追って風呂場を出た    



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 障子やガラス戸が姿を留める程度の居間。



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 壁には、1996年、平成8年のカレンダー。

 1996年といえば、女子高生の間でミニスカ制服ルーズソックスが大流行。安室奈美恵を真似た「アムラー」が街中に溢れる。『名探偵コナン』放送開始。国内初の商用検索サイト「Yahoo! JAPAN」がサービス開始。森且行がオートレース選手に転身する為、SMAPを脱退。「たまごっち」発売。

 

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 一家がこの戸から出て行ったのは、かれこれ20数年前。

 20数年後、密林に埋もれる一歩手前で再開発が本決まりになった。



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 山をさらに登って行くと、もう一軒。



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 置き去りの、ヤマハのバイク。

 タンク、カウルの塗装は赤のメタリックっぽい。



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 ブロック塀に寄りかかる、ホンダのスクーター「リード」。

 原付きスクーターの中では高級路線だったが、引っ越しトラックに積載スペースは無かったのか、勿体ないことに、置かれたまま今に至るようだ。



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 苔石(モスロック)化しているコンクリートブロック。



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 そこらに落ちている石に苔が付着して育っただけなのが、これまたメルカリでいい値段がついている。ここまで苔むしたコンクリートブロックなら現代アート視点でそこそこいきそうだが、この時はそんなこと微塵も頭に無かった。



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 緑に没しゆくリード。

 この頃のリードはテレビCMもやっていて西城秀樹が出演するなど、人気車種だったが、今のリードはメインのエンジンこそ125ccと格上げになっているものの、地味で派手さは無く不人気車種で、おっさん用のビジネススクーターに成り下がっている。



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 いつものように、気おつけの姿勢で、両の手のひらをピンと伸ばし、中指はカーゴパンツのサイドの縫い目にきっちり添わせ、一呼吸してから、額でヘソを打ちそうなぐらいの深々としたお辞儀を自らに課した。

「お邪魔します」

 声に出して、石段を登った。

 毎度、空き巣に入るような感覚はここでも同じだった。



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 いまだ干されたままのデニムパンツ。抜けた床。外れた襖。全体が傾いていつ倒壊してもおかしくない。



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 半壊のクローゼットの扉には姿見。

 拭いた跡の筋が生々しく残る。

 こういうのは乾拭きをきっちりとマメにしないと消えない。



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 スクーターは高いのを買ったのに、ヘルメットは命知らずの安物ですましていた家主。80年代の主婦がよくこんなヘルメットをしてスクーターに乗っていた。

 居間は倒れてバラバラになった家具などで足の踏み場もない。

 台所へ行ってみることに。



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 カラーボックスに毛が生えたような食器戸棚。あまり実入りの良かった家とは言えなさそう。



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 お母さんの「カレーチンしてね」かどうかわからないが、メモらしきものが貼られたままの冷蔵庫。



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 今まで見て来たなかではわりかし清潔な方。



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 オレンジ配色の電子レンジ、最近では見ません。



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 昭和デザインのマグカップが並ぶ。



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 室内には特にめぼしい物も無いので、庭に出てみることにした。



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 決して広いとは言えないが、やっと手に入れた我が家、ご家族の喜びはひとしおだったことでしょう。



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 100年大丈夫どころか、耐用年数は二十年そこそこか。



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 京都の禅寺か、というぐらいの鮮やかな苔が目を楽しませてくれる。



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 なぜか庭に投げ捨ててあった、珠暖簾。

 色はオレンジ。

 気がつけば、ヘルメットもオレンジ。電子レンジもオレンジ色。珠暖簾もオレンジ。

 オレンジ色好きの、派手な色を好む主婦が、質素な家ながら、二十数年前、確かにここに住んでいたという証しだろう。

 山をまたさらに行くと、出現した一軒の家。

 入り口には、高級ステレオシステムと、トラック雑誌が山のように積まれていた。

 長距離トラック運転手のいた家かと思いきや、家の奥には子供部屋。そこには、トラックマニアの少年の痕跡が部屋中に残されていいた。同時に、少女趣味のコミックやアイドル雑誌なども。

 兄妹部屋。

 今にも僕がいる廃屋に、兄と妹が学校から帰って来そうな、当時に近い部屋の姿がそこにはあったのだ    




つづく…


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