津久井-2
 一階というべきか、地上部分と呼べばいいのか。

 デビュース邸の基礎となる土台部分には倉庫らしきドアがあったが、ドアの鉄板は酷使されたのか、出来の悪いジャガイモみたいに表面がデコボコしていておまけに錆が酷かった。歪んでいて閉まりもしない。ここ十年ぐらい使われた気配が無い感じだ。

 隣り合わせの建築会社も同様で、大きな窓から中を窺ってみても、とっくの昔に活動を終えたような、生気のない、活気の無さが見て取れた。

 見上げて目にする、邸の窓という窓も、ガラスクリーナーで磨かれたような光沢は皆無。窓奥に動く影も見受けられない。

 多くの視覚情報、及び、聴覚情報が、ここは廃墟であるということを僕に諷示してくれているのである。

 階段下、ポストの前で、存在を誇示するために「ゴホン!」と、大きめの咳払いをしてみる。

 いたらいたで、相手に警戒心を与えておくためである。

 不意打ちで鉢合わせなどしてしまうと、人間、突拍子もない行動に出てしまうものである。邸のどこにでもありそうな単管パイプを拾って、債権回収機構の借金取りと間違えて僕に殴りかかってくる可能性だって無くはないだろう。

 とはいえ、身に迫る危機をイタズラに増幅させて必要以上に僕という存在を大きくみてもらっても困る。僕は一介の探索者。人情派探索者で通っている人畜無害な男。金をよこせとか、煮て焼いて食べてやろうなんていう者では決してない。こちらの存在を抱かせつつ、恐怖心無闇にを煽ったりしない、廃墟探索には、そういう紙一枚顆粒一粒のセンシティブなさじ加減が、求められるものなのである。

 一段、一段、ソールが音を吸収するようにやさしくデリケートにつま先から踵までをしなやかに着地させていきながら、階段を登っていった   
 



津久井-1
 登りきった左にはアパートのようなドアが並んでいた。

 雑草の手入れなどしていなさそう、の割には、プロパンガスのボンベにはやけに輝きがある。最近のボンベにはサビ防止がしてあるだろうし、塗料もロングライフに違いないから、それをして、お住いであると決定づけるのは早計である。

 何より、下で上でカメラのシャッターを押しまくっていても、生体反応が無い。普通なら窓から顔を出して「ウチは見世物小屋じゃねーぞ!」の一喝でもあって然るべきだろう。

 この身を大地に沈めて預けられるような安らぎと安堵感がみなぎってくる。ここは誰にも邪魔されない、僕だけの空間、廃墟なんだろうなと。

 その安らぎを得るために、都会の喧騒を離れて、幾度となく、僕は時には北海道の山の中まで行ったりする。

 見極めに、僕の肌感覚に勝るものはないだろうと、自慢じゃないが自信はある。

 右に振り返ってみた。



津久井-16
 らしい、といえば、らしい。

 拾って来たような木材の切れ端を継ぎ足していくパッチワーク工法ともいうべき、本来そんなの違法建築に問われそうだが、人間、一回染み付いたものは離れず、土地場所が変わろうとも、悲しいほどに、やることは何ら変わらない模様。

 お手製階段の上にはテラスがあるのだろうか。

 登ろうと思ったが、階段の手前に椅子などの廃品が立ちはだかるように積まれている。デビュースオーナーの意思がその積み上げられた廃品に込められているような気がした。

 作ったものの、時とともに崩壊の度合いを次第に深めていった。

 登ってくれるな、という、羞恥心もあれば、怪我をさせたくないという、建築者としての常識的な管理責任も一応、持ち合わせているようである。

 レジカゴは、スーパー「グルメシティ」からパクって来たものだろうか。

 スーパーでお会計を済まし、台車にレジカゴをのせて車へ。家に着いてびっくり。台車ごと持って来てしまう程のバカではなかったが、レジカゴをそっくり車にのせたままだった。

 まぁ、次回の買い物の時、返せばいいか...

 結局、故意にやったと疑念を抱かれかねず、一瞬でもそんな嫌な思いをするなら、黙っていればバレないことだし、自宅に訪問客などいないわで、無かったことにするのが一番だろう、との考えに至り、レジカゴがここに置いてあるということなのだろう。

 あれほどいた、ソワールデビュースの関係者の嫁以外の全ての人が去っていった、そんなことからも、彼の全体像がおのずと見えてくるかのようであった。



津久井-15
 スーパー「グルメシティ」のレジカゴは一つどころじゃなかった。少なくとも見える範囲で三つはある。

 うっかり車にのせたままでした。そんな理由で謝りに返しに行くのは恥ずかしいから、なんていう僕の推察は、脆くも崩れ去った。

 常習犯、そんな言葉が当てはまる。

 同時に、ここが廃墟であることをほぼ確信する。

 瓦礫の山で進めそうにないので、とりあえず、ドアの並んでいる左の方へ行ってみることにした。



津久井-4
 本来ならば「4号室」と表記するところを、「D館」とするのは、自分を大きく見せよう見せようとする彼特有の見栄なのだろうか。

 ドアに貼られたプラシートは一部が欠けているがそのまま放置。ポスターでも貼った剥がし跡が縦縞模様のように残り、残った紙部分には汚れ染み。ドア塗料も色あせ、ヤスリで擦ったかのよう。

 鍵は閉まっていた。



津久井-7
 さらに進むと、ソファーがあり、その上には、目を疑うような立て看板が横たわっていた。



津久井-5
Dining 和酒 Bar おんじょんぼ

 まさかの、デビュースオーナー、自宅で、ダイニングバーを経営していたらしい。

 自宅パティオで、拾って来たソファーを並べて、野外ダイニングバー!?

 このソファーの真向かいにもテーブルを一つ挟んで、ソファーなのか、椅子を幾つも並べているのか、とにかく布シーツを被せてある、ソファーらしきものが鎮座している。これよりだいぶ長いものだ。

 こんな閑静な住宅街でダイニングバーなどをやれば、近所迷惑だろうし、ただでさえ得体のしれない夫婦なのに、近所の人からより嫌われることだろう。そもそも、ソワールビルと同じで、客など入っていなかったに違いない。知り合い以外に飛び込みで、ここに入ってやろうなんていう人、いたのだろうか?

 今回ブログを更新するにあたり、さて「おんじょんぼ」ってどういう意味だろうと思い調べてみると、驚くことに、芋づる式に、公表されていなかった、新たな事実が判明することとなった。

 まだ、彼に、そのような引き出しが残っていたとは    
 



つづく…


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