峠ドライブイン-121
 今は亡き、お祖母様が我が子のように大事にしていたという、まるで生きているようなやけにリアルな赤ん坊のお人形が、包み込むような優しい眼差しで見守る、旭山ドライブイン。

 中央エントランスホールの片隅には、旭山の最盛期をひた隠すかのように、そっとしておいてくれとまるで僕を諌めるかのような場所に、忍ばすように置かれていた、暗い廃墟の屋根の下で、思わず目尻が垂れてきてしまいそうにもなった、和やかな一家の胸あたたまる御写真があった。

 このまま土に還って大垂水峠の歴史の闇に人知れず葬り去られるぐらいならば、全てを詳らかにして、一人でも多くの人に見てもらい、口から口へと、語り継いでいってもらった方が、お祖父様もさぞお喜びになるだろうと、それはちょとどうなのよという、幸福の絶頂を切り取った写真の公開にも踏み込むことにした。コメント欄には遂に「旭山の親戚です」と名乗る方も新たに登場してくれて、僕の決断をますます力強く後押ししてくれているようなのである。

目の前のスタンドも一緒に営業してました。

 どうやら親戚筋ではあれを「スタンド」と呼んでいたようだ。過去に訪問したバイク乗りの方からも言及のあったその建物も、僕は隙間を文字通りこじ開けるようにして痕跡を確認してきているので、期待して待っていただけたら幸いです。

2004~2006年くらいまで営業してました。

 旭山が我が世の春を謳歌していたこれらの写真はどう見ても、式を盛大に行うことが当たり前とされていたバブル期の頃のものなので、急転直下でものの十年かそこらで、窮地に追い込まれることになったようだ。

 親戚の方ご本人か、お孫さまか、はたまた、カズ少年だったりするのか、まさか、お祖父様の若かりし頃であるのか、いずれにしろその写真には、昔日の旭山の活気の熱が、今も触れれば手汗をかいてしまうぐらいに、その一枚に凝縮されていたのである    
  


峠ドライブイン-133
 披露宴でかしこまる、新郎と新婦。

 新郎を体格で圧倒する新婦。

 新婦のドレスが黒色については、諸説様々な意見が寄せられた。

 新郎は初婚だとすると結構な高齢結婚の範疇に入るのか。



峠ドライブイン-134
 新郎新婦による、ケーキ入刀。

 親子にも見えてしまう。

 お祖父様の娘か息子か。

 旭山ドライブインにも、大垂水峠にも、一番の賑わいがあった頃なのは間違いないだろう。



峠ドライブイン-135
 僕は確信した。

 この写真の撮影者は、お祖父様ではないだろうかと。

 360度あらゆる角度からカメラを構えて激写。息を弾ませ、目まぐるしく変わるアングル。縦に横にとせわしなく。

 息子、もしくは娘の、一世一代晴れの姿を逃すまいと、今では隠居生活を送るお祖父様が、式場で八面六臂の大活躍をされていたのだ。



峠ドライブイン-136
 年号と日付が刻印されていた。 

 1988年の9月9日。

 1988年といえば、日産が「シーマ」を発売した年。高額な値段に当時としては珍しい「3ナンバー」専用車という高級路線のハイパワーセダンはバブル経済を背景に売り出され大ヒットを記録。高額商品に対する旺盛な需要の象徴として「シーマ現象」とまで呼ばれた。

 日本経済の絶頂期と旭山ドライブインの絶頂期とが折しも重なっていた。二度とそのような時間が戻らないであろうことも両者に共通しているのはなんとも皮肉な話である。

 子供は親戚の子供ではないかという意見もあったが、この写真を見ると連れ子に見えてしまう。

 次の一枚で、旭山ドライブインは創業時から廃業に至るまでにおいて、その熱は、最高潮に達する    



峠ドライブイン-137
 大垂水峠のコーナーを攻める、2ストレプリカバイクの泡立つエンジンオイルより遥かに情熱的で官能的な、熱い、キッス    




峠ドライブイン-138
 一生に一度の大役を無事やり終えて、一線を交えたかのように、口数もなく魂を抜かれたような放心状態で、その場を静かに去ろうとする、新郎新婦。



峠ドライブイン-164
 式場でシャッターを押しながら、この眺めがチラリとでも頭をよぎったりしただろうか。

 コンマ一秒さえ無かったことだろう。

 僕は写真アルバムを閉じると、元の所へ戻そうとゴミ袋を持ち上げてその下に置きかけたが、何を思ったのか、目立つでもないが、雑然と不用品が置かれた床に、そのままアルバムを置いておくことにしたのだ。

 心霊スポットで大騒ぎしてやろうとやって来たヤンキーの集団が、ふとしたことで写真アルバムを手にとって見る機会があれば、人生の儚さをその写真から読み取り、良心にほだされて、蹂躙行為を思いとどまる可能性だってある。積極的にではないが、見て欲しいと、僕は単純にそう思ったのだ。

 カズ少年のまだ見ていなかった残りの書類もあったので、手にとって見てみることに    




つづく…

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