府中基地跡-43
 後から諸事情で設えたような四角い穴が開いていた。

 子供の頃、列車旅行をした北海道。

 まだ鉄道が通っていた紋別駅で、十数分間列車が停車するというので、僕は駅に降りてみることにした。

 駅前にはそば屋があり、駅舎と向かい合うそば屋の側壁部分に、このようなまるで同じサイズといってもよい取って付けたような四角い穴が顔をこちらに向けていた。一面の壁に不釣り合いなポッカリと空いた一点の穴、というか小さな窓。

『お持ち帰りそばはこちらからです』

 人の胸から頭までおさめるのが精一杯のその小さな縦型の窓の横には、そう書かれた貼り紙が申し訳無さそうに貼ってあった。鉄道利用客の車中持ち帰りを当て込んで、簡便にアクセスをと、後から壁に無理矢理穴を開けたのは一目瞭然。

 東京の感覚で言えば立ち食いそばなのだろうと一見安いと思いがちなのだが、れっきとした店を構えたそば屋のこと、子供にとっては法外な値段を取るに違いないと、その時は遠慮しておいた。数分見続けても誰も利用者がいなかったのも買う気にならない理由でもあった。

 いつか、この街に旅行に来た時にお店に入って椅子に座って食べることにしよう。

 十数年後、鉄道は廃止になっていて、駅舎は観光物産センターに変わっていた。元駅前だったそば屋は変わらず同じ場所にあった。だだっ広い壁一穴の持ち帰り用の窓も手持ち無沙汰で寂しげながら存在してはいたが、もはや鉄道客は来ず、今では何のためにある窓なのか。最近の旅行者には謎のトマソン的窓として奇妙に映っていたに違いないだろう。

 紋別に来てまでそばはないだろうと、何かと理由をつけて結局そこで食べることはなかった。

 それから断続的に紋別に訪れること数回。紋別の街は寂れる一方。反して踏みとどまるように元駅前のそば屋は存在し続けた。もはや無用の長物と化したひょっこり窓も同様に。

 更に年月は流れ、グーグルストリートビューで確認をしてみると、駅前だった周辺は再開発されたのか激変していたが、そのそば屋は立ち退きもせず建て替えられもせずに在りし日の姿を変わらずそのままに留めていたのだ。

 窓もまだあるのかなと横に回って見てみると、塞がれたどころか、驚くことに小さな窓は五つ増えて計六つになっていた。何があったのか。明らかに落ちぶれているのに、「団体様受付口」のペイント表記まである。ただそのペイントの文字は薄い。見逃していたが、団体様受付口と書かれた横に(別館有り)とある。

 まじまじと観察すると、側壁全体にに色違いの層があるようだ。何かを剥がした跡のような。そう、勢いのあった頃のそば屋は横にべったりと後付で別館を付け足ししていたのだろう。僕の初見でも往時の活気は既に店に無かったが、別館は残してあったのだ。

 僕が見た壁の一穴窓とは、今は無き別館のものだったのだ    

 府中の米軍基地施設跡の奇妙な四角い穴を見て、子供の頃に下車した、北の地の得体の知れない街のうら寂しい駅前の一面の壁に閉じ込められたかのような小さな小さな窓を思わず思い出した、僕。

 誰かが顔を出すでもなく、湯気が漏れてくるわけでもないが、あの時のように、遠目から僕は四角い穴をしばらく見続けていた    




府中基地跡-68
 アメリカ人の徹底的した防災意識、ここに来て教え込まれたような気がする。



府中基地跡-62
 板を真横にしないで斜めにすることで強度を高めている模様。



府中基地跡-60
 以前だったら通りから丸見えだったのが、板で覆われたせいで探索者のプライバシー保護に貢献してくれているという、皮肉。



府中基地跡-64
 廃墟で定番の窓近くの椅子。

 誰かがほうぼうを回って置いているのだろうか。



府中基地跡-45
 もうここから出よう。

 このドアからにしようか。



府中基地跡-67
 バレにくいのはこちらか。

 いずれにしろ、後方の建物に移る時は猛ダッシュしかない。



府中基地跡-70
 昭和34年の火災報知器。



府中基地跡-71
 ジュラシック・パークのゲートみたいなドアに隠れながら、辺りを窺った。

 東京の街中でありながら、広大な土地を数十年もの長期に渡り持て余し封印したまま。ちょっと例の無い禁斷の敷地ともいえる場所に立つ、僕。

 土地利用計画は頓挫したものの、土地の有効利用計画を推し進めるべく、市は地域住民にアンケート用紙を配って意見を聞いていると、僕のところにメールで連絡をくれた人がいた。ご丁寧に、PDFファイルにして。

 僕はコストコがいいとその人に伝えたが、閑静な住宅街なので、その実現は難しそうだ。

※記憶違いで、メールではなくてツイッターのDMでした。PDFファイルでも無かったです。禄郎様、貴重な資料、ありがとうございました。



府中基地跡-72
 敷地内の至るところにあった、積み木みたいな落書きがここにも。



府中基地跡-74
 東京の市街地の真ん中にこんなものがそのままになっているなんて。僕にとってはディズニーランドなんかより遥かに楽しめる。



府中基地跡-76
 最後に、見上げてから、振り返ると、



府中基地跡-75
 木立の間より次の棟の入り口が見える。

 いい大人が、棟から棟へと全速力で走ってみせた。

 乾いた草の擦れる音だけが耳に響く。



府中基地RX-3
 誰もいない、朽ち果てた大規模廃墟を目指して、北海道の山の中まで行ったりしたが、目と鼻の先の、地元にこんな巨大物件があるとは、なぜ、もっと前からそのことに気づかなかったのか悔やまれる。いや知っていたけれど、ここを紹介しているものは大抵が建物内の英語表記の施設をちょろっと紹介しているだけのものが多いので、スケール感までは読み取れなかったのだ。僕がそれを伝えるしかないのだろう。この場所が失われた時に、こんなものがあったんだねと、人々が語れるように。



府中基地RX-4
 入り口を入っていった。

 ドアは開きっぱなし。

 錆びついて閉まりもしなかった。



府中基地RX-7
 雄別炭鉱の病院を思い出す。

 ここも病院施設?



府中基地RX-5
 入ってすぐの右側には、廃墟病院でよく見かける、受付の窓のようなものがあった。



府中基地RX-14
 いつ崩れてきてもおかしくない、危険な状態      




つづく…

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