田浦-147
 ブロック塀の笠木にこんもりと盛られたような苔。顔を1cmまで近づけ、目で追いながら進んで行くと、いつの間にか家を一周し終わっていた。



田浦-149
 北海道でもないのに、ごく普通の民家の庭に灯油用のタンクが備えてある。

 陸の孤島のような田浦廃村。ガソリンスタンドなど遥か彼方。

 こんな大型タンクの設置を余儀無くされていた。

 不便な生活を強いられていたようです。

 時代が時代で再開発の波に飲み込まれてしまい、強引ともいえる手法で反社から土地建物をなかば強制的に奪われたことは、案外住民達にとっては渡りに船だったのかもしれない。



田浦-151
 程度の良いスクーターを数台も置いていった家を後にして、さらに山を登って行ってみる。

 ここ以上に山の上に家が存在するのだとしたら、もはや苦行でしかない。分譲価格は飛び抜けて安かったのだろうけど、条件が劣悪過ぎる。

 夜中に目覚めて真っ暗闇の部屋で蛍光灯の紐を探すように、とりとめのない不安を抱きながら、この先にあるのか、存在するのか、蓄積した疲労を騙し騙し、足取りもふらふらで進んで行った。



田浦-152
 地中に埋まりかけのバイク。

 SUZUKIの文字が辛うじて読み取れた。



田浦-153
 こちらもスズキのスクーター。

 このスクエアな特徴のあるテールはスズキのアドレスだろうか。

 現代ではスズキにこだわりがあり過ぎる人を「鈴菌」といって揶揄するようだが、この当時はどう呼ばれていたのだろうか。案外この頃からだったり。

 塗りの荒い、いかにもな素人塗装でホイールを黄色に塗ってある。やんちゃな高校生がいたご家庭だったのだろう。



田浦-154
 一軒の住宅が姿を現す。

 こんな山の上の奥まった場所にも住んでいたとは。



田浦-156
 ここから先に行くなという人為的な警告か。

 踏切の遮断器のポールのような茸だらけの倒木が意味ありげに行く手を遮っていた。自然の仕業の可能性も捨てきれない。



田浦-155
 白い目を剥いて昇天しているかのような、幼児用玩具。

 民家の入り口には、見ていって下さいと言わんばかりに、ある雑誌が大量に置いてあった。

 今や絶滅したと思われる、その趣味の世界。

 と思ったら、今でも絶賛発売中であることに驚く。



田浦-157
 デコトラマニア雑誌「カミオン」。

 この頃はデコトラというより大型トラックのシンプルな機能美を追求しているような穏やかな表紙。中身はともすれば下品で派手なトラック装飾を紹介するデコトラ雑誌に違いないだろうが、表紙では表現を抑えていたのだろう。今のカミオンは暑苦しいほどの装飾満載のデコトラが毎号表紙。表紙では控えめに、中身で炸裂させてという、奥ゆかしい演出手法が、時代とともに理解されなくなったのか、通用しなくなってきたのか、全く未知の領域の趣味の雑誌の表紙一つとっても、時代の変わり目を感じられるのだなと、廃村の廃屋で男がたったひとり、雑誌カミオンの情報に胸踊らせ書店で手を伸ばした、在りし日の少年、もしくは青年、あるいはまた老齢のお方の残影を頭に思い浮かべながら、軽く会釈をし、すいませんねと、丁重に敷居を跨がせてもらった。

 さすがに、二番煎じ感の強すぎる後追い雑誌「トラックボーイ」は廃刊しているだろうと調べてみたら、その通りであった。

 メルカリで調べると「トラックボーイ」は高いのになると四千円近くで出品されている。でもそれは欲張り過ぎなのかほとんど落札されていない。相場は千円前後といったところだ。

 千円ならすぐ目の前のを拾って売ればいいじゃねえか、そんなことを思う人もいるかもしれませんが、廃墟での雑誌書籍類は大抵一旦水分を含んで乾いたものばかり。撓みまくっているものがほとんど。頁もくっきまくり。逆さにすれば土埃。やめておいた方が無難です。

 ファミコンボーイならまだわかるが、「トラックボーイ」の「ボーイ」とはまだ免許も持っていない未成年の少年層に向けた雑誌だったのだろうか。



田浦-158
 カミオンとは違い、読者の欲望を剥き出しに押し出した表紙作りの雑誌「トラックボーイ」。

 ジャンボポスターとあるが、一般のおじさんが乗る運送会社のトラック。そういうものに熱狂する時代があった。今も静かながら続いている。趣味の世界の裾野は広いのだなと、しばらくの間、立ち読みに没頭する、僕    



田浦-172
 ひとつ屋根の下、少年に少女、多幸感が湧き溢れ出るような幸せ家族の痕跡が色濃く残された住宅のようであった      




つづく…

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