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 事の真相をお話しましょう、などと、もったいぶった口調で試験日当日の顛末を書き始める、キョーコさん。

 過疎の町ならではなのか、高校の入学試験へ行くのに、中学校の担任の先生が当日の朝、車で迎えに来てくれたのだという。

 付属校に到着。

 想定外であった、受験生の多さにまず目を丸くして驚く。その数、千人以上はいただろうか。はじき出された倍率に開いた口が塞がらない。

 日頃、草原にたたずむ一軒家住まいの彼女。滅多に見ることのない大人数を前にして『あがってしまうかも・・・』と危惧するものの、試験の行われる教室に入室しても、カッコいい男の子を探してしまう余裕を見せる。ここで下手を打つとこの後の人生が台無しになる、なんていうプレッシャーは微塵も感じてはいなかった。勿論、今では全壊待ったなしの廃屋化してしまうことになる自宅のことなど、頭の隅に1mmさえも無かったことだろう。

 必要以上に優しくしてくれる担任の先生。試験終わりに先生のご自宅に伺い、ご飯を食べさせてもらい、結婚式の写真まで見せてもらった、キョーコさん。環境の違う外野が思うような妙な下心は先生には無かったようだ。

 入試テストの期間中だというのに、中学校で”雪中運動会”をやらされて「疲れたよ・・・」と文句の一つも漏らすも、松山千春のラジオを聴けば、活力がみるみる満ち溢れてきて、本命校合格への闘志が俄然漲ってくるキョーコさんなのだった    
 


28a
 1 9 7 9  .  2  .  2 8     ( 3 月 1 日 )  3:5 0

  昨 日 日 記 か か なか っ た の で  .  .  .   .  今 書 き ま しょ う 。
 昨日 の こ と 。
 昨日 は 受験 日 で し た 。  朝 先生 が  む か えに 来 て く れ て . _ .
  学校( 短 大 付属 高 等 学 校 )に つ い た ら  もの す ご  い 人 の 山,
 あたりま えよ ね 。  だ い い ち   1 20 0 人 受 け た ん だ も の 。
 1 2 0 0 人よ! そ し て  受か る の が   3 0 0 人  。    4倍 よ !
 い や あ 。 す ご い 人  だ なあ  ,   て 思  っ  ち ゃ っ  た。
 ”も しか した ら  あ が っ て し ま* う んじ ゃ な い か な ぁ ”
 と 思 っ た け ど   ・ ・ ・  -  。  教 室 に 入 っ て  .   ..   .    い や          
 人 間 が  い た の よ ね 。  6 0 人  入 る 学* 級 で さ 。
   ま だ そ ん な に 入 っ て いな か っ た-  ” あ ,   カ ッ コ イ イ な ぁ、
  な か な か  つ っ ぱ  っ  て て イイ ゾ  。 顔 も 良 い し  ”     と 思 っ て みた
   男 の 人 ・  しか し 私 は 受 験 し に 来 た の か     **  男の人
  の 顔 を 見 に 来 た の か わか ら ん ,    ね !’
 まあ  ,   三 教 科 終 っ て ホ ッ  と ひ と 息  ・   そ んなに
  む つ か し く な か っ たけ ど  沢 山 ま ち が   っ た こ と は
  た し か  ね 。  つ か れ る* , は な しよ。

大冒険を終えてきた人がその顛末を期待を煽りながら勿体ぶって語りだす映画の冒頭のシーンのように、キョーコさんは一人もいない聴衆にむかって、お待たせしました、と言わんばかりに、まるで数十年先の読者に読み聞かせるかのように、「今 書 き ま しょ う 。昨日 の こ と 。」と、切り出した。

>昨日 は 受験 日 で し た 。  朝 先生 が  む か えに 来 て く れ て . _ .

両親は仕事で忙しいのか。わざわざ受験校へ行くために中学校の担任がキョーコさんを車で送ってくれたのだという。過疎化した町の片手の指にも満たない生徒数の学校なら当たり前のことなのだろうか。先生に歪んだ魂胆でもあったのかと邪推してしまう僕は心が汚れているのか。彼女は送ってもらって嬉しいとも、当然だ、というどちらの態度でもなく、三点リーダーを用いて『えっ、有り難いけれど、でもなぜそこまでしてくれるの。まさか下心は無いわよね、まぁ、いいっか。深く考えないでおこう』と、言い表しているかのようにも感じられた。

>学校( 短 大 付属 高 等 学 校 )に つ い た ら  もの す ご  い 人 の 山

普段窓から見えるのは、牛や馬やネコ、たまに姉の史之舞が週末にやって来る姿を確認できるぐらいの隔絶された環境に住む、キョーコさん。人の山など、まず目にすることはなく、さぞ圧倒されたことに違いない。

> 1 2 0 0 人よ! そ し て  受か る の が   3 0 0 人  。    4倍 よ !

怪しげな情報商材を売りつけようとする講習会の司会者のように、殊更に数字を強調する、キョーコさん。そんなもん、無理だって!と、自分を納得させようとしているのか。

> ”も しか した ら  あ が っ て し ま* う んじ ゃ な い か な ぁ ”と 思 っ た け ど   ・ ・ ・  -  。

普段のクラスメートは五人かそこら。これで緊張するなという方がおかしい。でもまるで動じていない自分に驚いている。

>い や          人 間 が  い た の よ ね 。  6 0 人  入 る 学* 級 で さ 。

入試テストを受ける部屋は60人学級の巨大な教室。満室ではなかったものの思わずたじろいだ、彼女。

>” あ ,   カ ッ コ イ イ な ぁ、な か な か  つ っ ぱ  っ  て て イイ ゾ  。 顔 も 良 い し  ”

酸素不足になるんじゃないかってほど教室に大勢詰め込まれ、しかも全員が合格を競い合う敵のようなもの。緊張で手足が震えて額からは冷や汗がダラダラととまらない、あがってしまうと、そう心配したのは間違いだった。緊張感など少しも見せず、いつものように見るだけではあったが、カッコいい男の人を観察していた、彼女。

>しか し 私 は 受 験 し に 来 た の か     **  男の人の 顔 を 見 に 来 た の か わか ら ん ,    ね !’

余裕だったのか、諦めの境地にいたのか、普段よく見せる、泣きじゃくるような後悔や言い訳をすることなく、黙々と三教科を終えて落ち着き払った様子に終始したキョーコさんだった。



28b
 先生 の 家に 行 っ て  ご は ん を 食 べ て  .    結 こ ん の 写
 真 を 見 し て も ら っ て  .  ・  ・  ・  ・  。  そ し て  学 校 に 行 っ て
  い ろ い ろ  話 し て  帰 っ て 来 たわ け 。
  い が い と  あ っ さ り し て ん の よ ね 。
 で も  西澤 の 時 も  そ う い く か  ど う か が 問 題 よ 。
 *けっ き よく  .   あが ら な か っ た わ け だ け ど  。 サ !
 今 日 の こと 。
 今 日 は 。 べ つ に 何 も な い  。   あ!  あ っ たわ,
 雪 中 運動 会 や   っ たの  っ   つ か れ た よ。
 今 日は 水曜   日   だ っ た の で  千春 の ア タ ・ ヤ ン 入 っ た
 ワ サ 。  千春 大好 き 。  金 山 くん  ど う し て る だ ろ う
 金山 くん  ・ ・ -  。   社会 が 問 題 だ な あ 。 あ と  1 週 間 な
 い か ら ね 。 5 日 く ら い か な ?
 明 日 は .   テ ス ト な の よ ね 。 明 日  , あ さ っ て  に か け て 。
ほ ん し き 的 に  時 間 と っ て や る ん だ っ て サ 。
  ウ               ! 千 春   大 好 き  。 金 山 君 大好 き 。
 千春  会 いた い なあ 。 金 山 君 に も 会 い た い 。
 千春 私  ******** に 力 を か し て けれ 。
 金山 君  .   私 も ガ ン バ  る か ら  .   ガ ン バ ッ て ね 。

高校受験のテストのために、試験会場の高校まで送ってもらったばかりか、おそらく帰りも車で来てもらい、寄ってけよと、御飯まで食べさせてくれた、先生。

>結 こ ん の 写真 を 見 し て も ら っ て  .  ・  ・  ・  ・  。

複雑な心境を三点リーダーならぬ五点リーダーに滲ませる、キョーコさん。『受験で頭の中が一杯なのに、そんなもん見せられたって・・・』より困惑の度を深めている様子。つまり、先生は単身赴任なのだろう。独り身の自宅に招き、男の手料理を振る舞い、潔白ですよと、安心させようと、結婚式の写真をキョーコさんに見せた。先生がキョーコさんに下心がないとしたら、その目的はなんなのだろうか。田舎の家族的付き合いのただの親切な先生なのだろうか。

>そ し て  学 校 に 行 っ てい ろ い ろ  話 し て  帰 っ て 来 たわ け 。い が い と  あ っ さ り し て ん の よ ね 。

先生のただらぬ愛情に薄々気づいていたキョーコさん、意外に来なかったわねと、胸を撫で下ろしているのか。それとも、無謀な志望校選びのことをねちっこく指導されると思いきや、そうでもなかったと、拍子抜けだったのか。

>で も  西澤 の 時 も  そ う い く か  ど うか が 問 題 よ 。*けっ き よく  .   あが ら な か っ た わ け だ け ど  。 サ !

受験の本番はやはり、西澤。緊張して鉛筆を持つ手が震えないか、今日みたいに男の子を物色するぐらいの平静さを保てるのか。まるっきりあがらなかったことには本人が一番驚いた。

>あ!  あ っ たわ, 雪 中 運動 会 や   っ たの  っ   つ か れ た よ。

キョーコさん以外の生徒も皆受験だろうに、そんな最中に、東京人の僕が初めて耳にする「雪中運動会」なるものを開催する、学校の非常識さ。

雪上で短距離、跳び箱、騎馬戦、綱引き、などをやるのだろうか。それとも、スケート、スキー、雪合戦などの、ウインタースポーツをやるのか。「雪中運動会」とわざわざ銘打っているぐらいだから、前者の可能性が高いと思われる。

>社会 が 問 題 だ な あ 。 あ と  1 週 間 ない か ら ね 。 5 日 く ら い か な ?

身の丈に合わない受験校「西澤」のテスト日まで後一週間を切った。社会の科目が問題だと懸念する、キョーコさん。

>明 日  , あ さ っ て  に か け て 。ほ ん し き 的 に  時 間 と っ て や る ん だ っ て サ 。

キョーコさんの本命校受験にあわせてくれているのか、授業で本番形式のテストをやるらしい。

>千春 私  ******** に 力 を か し て けれ 。

音楽CDではなくて、CD付き握手券を売っていると、何かと批判されることの多い、疑似恋愛商法のアイドルだが、恋人がいなくて心の支えを持たないキョーコさんのような人にとって、こんなにも心の拠り所になっているのは間違いないのだから、必要悪として、認められるべき余地はあると言っても決して間違いではないのかもしれない。



28c
  自分 は 自 分 で し か な い 。 自分 は 自分自 身 が 決 め る  ・
  自分 の 道 は  自 分 の 思 そ う 。   自分*自 身 は   こ ど く だ 。
  金山 君 . . . .    ど う し て るか な   ギ タ ー  弾 い て な い だ ろ う なあ 。
  弾 い て る か も  ?
   千春 ち ゃ ん 。 チ ー サ マ 。 千春 。
 今 は   4:0 0 す ぎ で す 。   何 し て  こ ん な 時 間 ま で
起 きて ん だ ろ う  .   も う 寝 な き ゃ あ か ん 。
 こ りゃ あか ん  の じ ゃ .   た だ今  _  4:0 8
 サ テ ト ,   寝 ま すか 。 や せ た い ね 。私 っ て ふ と り 過ぎ
 て るか ら サ 。   や せ た い な あ。
 で も  そ れ も 受 験 が 終 っ て か ら よ ね 。
 で も  や せた い 。  今 , 4:1 0   お ,  早 い ど 。
 ち と  早す ぎ る ん で な い か い 。 ね!
  それ じ ゃ ま た 明 日 。  今 日  千 春 の 卒業 と  .  ま ど  を
  き い た の だ け ど  ま ど  とい  う 曲  ど  ん な んだ っ た
  か  ぜ ん ぜ ん わ す れ た ワ ! ゴ メ ン ネ 千 春 。
 で も レコ ー ド L P に 入 っ て なか っ た ら 買 う ね 。
 卒業  良 い 曲  。  千春 大 好 き 。金 山 君 大好 き。 お や す み 。

おどけて金山君と松山千春に求愛アピールをした後は、襟を正して厳粛な面持ちで、彼女なりの人生哲学を語りだす。自分しかいない。自分で決める。自分自身は孤独な存在なのだと。一瞬だけみせた彼女の素の部分。真摯な態度。決して受験を投げ捨てていたわけではないことがよくわかった。

>今 は   4:0 0 す ぎ で す 。   何 し て  こ ん な 時 間 ま で起 きて ん だ ろ う  .   も う 寝 な き ゃ あ か ん 。

書いてはいないが、四時過ぎまで思い悩んで人生観などが頭の中を駆け巡っていたのだろう。言語化するにはあまりにも深淵過ぎて筆力が追いつかなかった。私が書くことじゃないと、照れもあった。キョーコさんなりに、苦悶して思考して未来を引き寄せようと手探りで努力をしていたのだ。

>ま ど  とい  う 曲  ど  ん な んだ っ たか  ぜ ん ぜ ん わ す れ た ワ ! ゴ メ ン ネ 千 春 。

大好きな千春の曲だが、「窓」という曲は退屈でピンとこなくてすぐ忘れるような曲だったらしい。

松山千春の「卒業」を聴きながら自分の中学卒業、西澤への華麗なる入学を頭に思い描き、キョーコさんは朝方ようやく眠りについたのだった    



 独り身の寂しさから心の支えを常に求め続けるキョーコさんが、テレビをみていてまた、心をわしづかみにされてしまう。これからの日記で毎夜名前を連呼してしまいそうな男性(ひと)。その彼は、ゴダイゴのメンバー。意外なことに、ボーカルのタケカワユキヒデではなくて、勿論、ミッキー吉野でもなかった。

 窮地から大飛躍を遂げようと画策するキョーコさんは、その本気度が窺えるように、本命校「西澤」にあらためて下見に行く。新設校の「南」にも。感想としては、臭かったそうだ。

 思ってもいなかった知り合いが「西澤」を受けると知り、気を引き締め直す、彼女。

 学校でのテストでは今までで最高得点を取り、調子は上向いているようであった    




つづく…


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