廃工場-31
 家の電気が遮断されていても、固定電話は繋がる可能性がある。その先のNTTの局舎に問題が無い場合である。

 まさかとは思ったが、誰もいない廃墟で男がたったひとり、埃を纏った黒電話の受話器を   ツーという音がしたらかえって怖いな、などと、胸縮ませられる思いでこわごわと   ものものしく取ってみる。

 電話料金など支払われているはずがないのだから、ツー、はしなくて当然であったが、ツーツーツ、も聞こえず、完全な無音。

 荒涼とした廃墟絶望工場の凛とした緊張感のある空間内に、安堵の生暖かいため息がひたひたと広がっていくような気がした。



廃工場-42
 平穏だった生活が突如断ち切られたことを無言のうちに訴えかける、台所。



廃工場-40
 冷蔵庫の中も同様であった。



廃工場-35
 ご本尊と位牌だけは携えていかれたのか。

 仏壇の足元には、信じられないことに    



廃工場-36
 香典袋が大量に。

 押入れの中にもまだわんさかとあった。

 誠に失礼ながら、中身を確認させてもらったが、全て空。



廃工場-39
 工場の創業者であられる、ご主人と思われる、遺影。

 どこの罰当たり息子が、このまま置いていってしまったのか。



廃工場-38
 妻であられた、御祖母様のまで。

 真新しい。

 お葬式で使用したきりなのだろう。

 気づくと、掌を爪先で刳り刺すように拳を握っていた、僕。

 どうして、あんまりじゃないか、と    



廃工場-37
 御祖母様の後を追うようにその一ヶ月後にお祖父様がお亡くなりになったと、この現場では思っていたが、家でよく見てみたところ、御祖母様の死の同年の約一年後にお祖父様が亡くなられたという計算になる。

 長く連れ添った伴侶を失い、張り詰めていた精神力の糸(リタイヤして一旦は弛緩していた)がプッツりと切れてしまわれたのか。

 誰に指図を受けるでもなく、手を合わせて、一分間の黙祷を捧げさせてもらった。

 ひとり、いい大人が、誰もいない廃屋にて、大声で訴えたくて仕方がなかった。

 息子さん、娘さん、あなた方のご両親が、生家であられもない姿で泣いておられますよ    

 旭山ドライブインのお孫様を見事召喚させたように、真摯な態度をもって誠実な言葉で接していけば、この暗い廃墟工場にもいつか、一筋の光明が差し込むこともあるのではなかろうか。

 その時までじっと待ち続けよう。それまでは是が非でも続けなくてはならない。

 天を仰いだ、僕。

 僕はなおも、薄暗い廃屋の奥へと躊躇することなく足を踏み入れて行ったのです    



廃工場-43
 僕が来る寸前まで、お祖父様がここでお眠りになっていたかのような、セミの抜け殻のような布団が、引きっぱなしのまま。

 上から優しく布団に手をのせる。

 人肌は感じられない。廃屋のしんしんとする冷気が寡黙に布団に染み渡っていた。

 この部屋で僕は、絶望工場の謎の全てを紐解くことができるような膨大な写真の数々と、顎を突き合わせることになる    
 



つづく…


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