津久井-19
 階段を登って右側、ウッドテラスのある方の窓。

 まるで訪問者をこっそりと観察するために開かれているかのようなカーテンの不自然で中途半端な隙間が気になると言えば気になって仕方がなかった。



津久井-18
 電気のソケット類が束ねられている。

 屋敷全体が通電していないことをこれみよがしに示唆している風にも見えたのだ。



津久井-20
 ツギハギ工法の粋を結集したかのようなデビュースオーナーの自信作、ウッドデッキに興味津々ではあったが、障害物の多さから乗り越えは多大なる困難が予想され、再度試みようとしたものの、涙を飲んで諦めることにした。強度にも不安があった。



津久井-13
 ご丁寧にコンパネで通路を用意しておきながら、状況が一転したのか、後置きであろう大型冷蔵庫で通路を塞いである。奥には行かないでくれという、デビュースオーナーの強い意思が感じ取れた。

 やはりここはひとまず、我を通さないで、オーナーに従っておこうと、僕は彼の求めに素直に応じることにしたのだ。

 廃墟探索をするうえで時として身を退けることも、危険から逃れ、オーナーとの緊張感を生まないためにも、大切なことであるのは、今までにも数多く学んできたことの一つなのである。例え、あのような人とでも、信頼関係を築けよと。余計な災難は決して自分から拾わないこと。オーナーの意思を尊重するに越したことはない。彼だって人の安全を脅かすような驚異から逃れる手立ての一つぐらい講じてやる器量を持ち合わせているに違いないだろう。唐突な巨大冷蔵庫の直置きは彼の素直ではない優しさであるように僕は思えた。臭いものに蓋をしている可能性もあるが。

 そういえば、コメント欄で「デビュースオーナー邸の庭の冷蔵庫にある物を隠しておきました」なんていう嘘か真か怪しげな発言があった。ど忘れをしていて、冷蔵庫の存在など頭からすっかり抜けていたが、これがまさにそうだったようだ。

 ウッドデッキ手前のひしめき合う瓦礫の中で、反対側に回ってまで冷蔵庫の中を確認することはしなかった。もしかしたら本当にとんでもない物が中に置かれていたのかもしれない。



津久井-11
 何度もしつこいほどに、耳を立てて生活音を窺う。

 微かに風にのって聴こえてくるテレビの音は、隣家かからだろうか。

 だらしなく僅かに開かれた窓。立て付けが悪くなっていて閉まらないのだろう。

 やはり、夫婦の息づかいは微塵も感じられない。

 見知らぬ朽ちた巨大な建築物の主となって隅々まで探索をしてあらゆる秘密を解き明かしてやろうと、荒波のようにはやる胸を抑えて、波が激しく砕けるしけの海を見下ろす防波堤の突端に立ち、揺れ霞む地平線を睨みつける、僕。

 どんなアトラクションが、僕の眼前に広がっているのかと思うと、胸の高鳴りが鎮まることはなかった。



津久井-6
 「和風Bar おんじょんぼ」の立て看板が放置されたソファーの対面はこのようになっていた。

 これを目の前で見れば、誰だってここがデビュースオーナ自家製の中庭「和風Bar」であると早合点しても無理もないといったところではないだろうか。

 実際は、「和風Bar おんじょんぼ」は実店舗としてとある駅の近くに存在していた。それは老夫婦デビュース・オーナー夫妻によって経営されているものばかりと、今度は間違いないだろうと僕は考察していたが、数々の読者の方がお調べになって下さった結果によると、どうやら、「和風Bar おんじょんぼ」はFacebookも意欲的にやっているという全く別の若夫婦のご経営によるもののようであった。

 ではなぜ、デビュース邸に立て看板があるのだろうか。

 廃業をして意気消沈したおんじょんぼのオーナーさんが、廃品回収のお金にも困り果て、断腸の思いで苦渋の決断でやむを得ず、不法投棄をしたか、デビュースオーナーが、燃えないゴミの日に出された立て看板をかっぱらって来たか。

 かっぱらって来たとして、彼は立て看板を何に使うつもりだったのだろうか。

 目の前の「家庭Bar」らしきものの雰囲気作りの演出アイテムとしてか。

 おんじょんぼオーナーとデビュースオーナーが友人関係にあり、意思を受け継いでもらえますかと、デビュース邸で、正式なビジネスとしてではないが、ホームパーティをする時などに、立て看板を使用するつもりだったのか。

 薄暗い廃墟でいい歳をした大の男がたったひとり、頭の中でしばらくの間出るはずの無い答えを思い巡らしていた。



津久井-8
 ソファーコーナーを通り過ぎると、何やら子供用のプレイルームのような空間が見えて来た。



津久井-9
 ホームBarで大人達が談笑している間は、子供達はここで遊べということなのだろうか。

 そしてこれは滑り台?

 明らかな計算ミス。傾斜が急すぎる。おそらく実使用されていなかったのでは。



津久井-10
 アンパンマンの時計のおもちゃも見える。

 子供が遊ぶにしては余りにも安全性が考慮されていない危険極まりない遊技場であると言わざるを得ない。



津久井-12
 デビュースオーナー、夢の跡   
 


津久井-3



津久井-17
 ここからと、目星をつけていたドア。

 プレートがめくり上がってドアノブが丸ごと無い。

 空き巣にでもやられたのだろうか。

 目をまんまるに見開いて驚いたことに、丸い穴の向こうに、ヘソあたりから足元までの下半身、一人はシャツがめくれてヘソ丸出しにヨレヨレのジャージにすね毛姿の男、並んでもう一人は、モンペ風の小豆色のイージーパンツ姿の丸太みたいな足の女、呆然と横に二人が並び、ものを言うわけでもなく、穴の向こうで何するわけでもなく、じっと立ち尽くしていたのだ。丸穴では視界が限られるので、ヘソから下の下半身しか見えず、それがかえって不気味さを際立たせていた。

 僕の訪問に言葉も無いといった感じであるのか。

 廃墟ではなかった    

 僕は踵を返して一目散に走って逃げた。

 いや、何も悪いことはしていない。

 お会いできれば、賃貸のことでお話を伺おうと、一応正当な理由を携えて、ここまで来たわけなのだから・・・

 来たわけなのだから・・・



津久井-14
 どういう心理状態なのか、音を極力たてないで滑るように一段一段丁寧にソロソロと下っていった。



津久井-31
 デビュース邸の方を決して振り向かない、高そうだが肋の浮き出たネコが不機嫌そうな顔をして僕の方を見ていた。

 デビュース邸の山側に駐車したバイクに戻ると、デビュース邸を挟んだ向かいの家から出てきたお婆さんが僕に向かって歩いて来た。勇気を出して話しかけてみることにした。

「すみません、この建設会社って、今は営業していないんですか?」

「何年前かしらね、仕事やめちゃったのは。以前はやってたみたいだけど」

「オーナーさんと近所付き合いとかありますか? なんか津久井湖の方にも物件を持っているって聞いたんですが」

 お婆さんは「ないない!」と迷惑そうに顔の前で手を振りつつ口元を歪めながらなおも答えてくれた。

「以前は前とかでゴチャゴチャやってたけど、最近は全然見ないのよね。近所付き合いなんかないから話もしないし」

 そうお婆さんは言い残し、足早に去って行った。

 僕はバイクのシートを上げてヘルメットを取り出すと、気持ち急いでヘルメットを被った。夫婦が追いかけてくるような気がしたからだ。

 セルを回してエンジンをかける。

 振り返るが、夫婦の姿は無い。まだ穴の向こう側で息を潜めているのだろうか。僕を何かと間違えて息を殺しながらあの中で夫婦二人沈黙を続けていたのかと思うと、何か気の毒なことをしたような気になった。

 ゆっくりとアクセルを回して、バイクを発進させた。

 くねくねとした山道を僕は少しの間低速で心地よく気持ちよく走り続ける。

 デビュース邸が山間に少しづつ姿を消してゆく様がバックミラーにははっきりと映し出されていた。

 名残惜しい気もしたが、長いストレートがあらわれるとそこからはフルアクセルで加速をして、一秒でも早くと、家路を急いだ      
 


 
おわり…

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