田浦-159
 COLUMBIA製ステレオコンポーネントシステム。

 略して「コンポ」と呼んでいたことを、今、思い出した。

 転居先に持って行こうと、玄関先で迷ったのか。入り口付近に名残惜しそうに置かれていた。

 二昔前ぐらいの少年にとっては夢の音響機器。これさえ手に入れたら、家にいながらコンサートホールにいるような臨場感で、世界中の音楽が聴けるんだと、何年分ものお年玉を蓄えて、今か明日かと、羨望の眼差しでテレビのCMやカタログをみながら、やきもき胸を熱くしたものだ。

 筐体の枠には、

STILL . LOVE YOU・・・

 カミオン少年、今も本当に彼女のことを愛しているだろうか。

 これを読んでいたら、是非、コメント欄で当時の思い出などを語ってもらいたいものです。

 動画もやりだした僕ですが、一枚の思い出の前でじっくりと腰を据えながら語り合う、これこそブログメディアならではの良さと強みではないかと常日頃思っている。

 彼が出て来られるような環境作りが必要となるのだろう。

 僕が丹念に言葉を重ねていき、カミオン少年の心を打つようなきっかけを作るのである。

 この人になら、全てをさらけ出せる。後に廃村となる謎の多く残る集落で、一体何があったのかお話しましょうか。よし、出て行きますか、と。

 それまでは、なんとか続けていこう、そう固く心に誓った、十月のとある肌寒い夜のことなのでした    
 


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 一見して何もないように見えた。



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 柱に目を向ければ、ほら、ご覧の通り。

 成長と記憶のトーテムポール。

 うまいこと言えたような気がしたが、いまいちだったかもしれない。

 ドラえもんにちびまる子ちゃんにハローキティ。

 一番下は、将来デコトラトマニアになる、カミオン少年の幼児期の御写真だろうか。



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 デコトラのポスターは子供部屋以外に居間にも。

 中華偽ガンダム的なデザインが子供心をわしづかみにするのか。



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 カミオン少年の妹さんでしょうか。



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1981 むさし寿司 

 1981年(昭和56年)といえば、校内暴力が深刻化、黒柳徹子の小説『窓ぎわのトットちゃん』大ベストセラー、宇野ヘディング事件、貸しレコード店が大流行、沖縄ででヤンバルクイナ発見、ピンク・レディーが解散、という、そんな混沌とした時代。後に不可解な立ち退きを迫られることもつゆ知らず、幸せを絵に書いたような仲良し家族が、肩を寄せ合い幸福の絶頂を迎え我が人生を謳歌していた    



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 油汚れ、少なめ。

 購入してすぐに家を出た可能性が高い。



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 別の柱には、鉄腕アトムのシール。

 カミオン少年とは時代がずれている。

 親子二代に渡って、ここにお住みになられていたのか。



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火の用心 消灯 

 その日々の心掛けにより、火災からは免れている。



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 とにかく柱に貼るのが好きな一家だった。



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 一家の思い出の地箱根は、台風19号の影響で特に箱根登山鉄道が壊滅的な被害を受けてしまった。



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 カミオン少年が家の入り口に雑誌「カミオン」を大量に置いていった理由はなんだったのだろうか。

 新居に持って行けないから、せめて、ここを訪ねて来た人達の目のつきやすい所に置いておいて、家に持ち帰ってみてもらいたい。デコトラファンの裾野を少しでもひろげることに貢献できたら。そんな思惑があったのかもしれない。

 カミオン少年、本物のカミオン(フランス語でトラック)乗りになっている可能性もある。

 段取りをして引っ越して行ったにしては、あまりにも気配の多く残る一番奥の兄妹部屋。

 細密探索をすれば、真相により近づけるかもしれない    

 
 
 
つづく…

「王道の妹」廃村に行ったら取り壊し直前だった件.13

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