廃ガソリンスタンド-446
 居間から台所に目を移してみた。

 炬燵が置いてある。

 家主か、或いはご家族が家を去ったのは、冬のことであろう。

 堕落しきっていた場合は、万年床ならぬ万年炬燵である可能性も捨てきれない。

 この光景を見て、僕は咄嗟にここが独り身の老人が寂しく住んでいた家であることをほぼ断定してしまう。

 居間の巨大な古めかしい年代物の家具調ブラウン管テレビはおそらく不動であった。壊れたものの、処分の仕方もわからず、処分費用も勿体ないのでそのままにしておいた。老人独りだから世間体もなにもない。

 かつては家族で住んでいたが、子は巣立ち、パートナーには先に旅立たれ、気づくと大邸宅に独りぼっち。

 老人は居住スペースを体の負担のかからない台所へ集約させたのである。居間から炬燵とともに。

 台所でお茶を沸かして、インスタントラーメンを作る。炬燵まではたった三歩で辿り着く。茶をすすり、大好きなラーメンを平らげる。至近距離なので大画面テレビはいらない。14インチのテレビでじゅうぶんだった。

 そう、独居老人にはこのワンルームで全てが事足りたのである。使用用途は地方から上京した大学生となんら変わらない。

 えっ?、老夫婦の可能性だってあるじゃないかって?

 居間で立ち尽くす僕は、台所の足元に溜まった恥じらいも擦れた怠惰の山を決して見逃さなかったのである    



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 近所付き合いもなく外からお客は来ない。娘息子、孫、親戚らからは敬遠されていたのだろう。

 晩年はゴミを捨てるのも億劫になり、辺りにぶちまけていた。

 気にもされていない。

 誰も注意しないし、これでいいではないか。

 気が向いたらいつか片付けるさ    

 心の荒廃がまるで鏡のように台所の床に映し出されているのを見て、神妙な顔つきで床を凝視したまま、言葉を失った、僕。



廃ガソリンスタンド-453
 散る間際まで煙草を吸い続けた、ご主人。

 口紅のついた煙草はない。



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 若い時はボウリングが好きだった。

 マイボールにマイシューズ。

 ボウリングブームの時には山梨のこんな田舎にもボウリング場があったようだ。

 BMWでブイブイ言わせながらボウリング場に通っていたのだ。まだ下半身も元気だったご主人、不倫の一つでもしていたかもしれない。



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 手垢に油汚れ。

 まともに拭いてやることはなかった。

 カーマニアのご主人らしく『家事は初心者マークなんですよ』の意味が込められていたのだろうか。



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 ザルには葡萄が盛ってあったのではないだろうか。山梨ということもあるし。

 ということは、これはご主人の突然死を意味している。



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 栓を開けていない瓶ビールがある。

 調理などほとんどしなかった。激安パック豆腐を買ってきて冷蔵庫で冷やす。じゅうぶん冷えた小分けのパックから中身の豆腐を取り出して小皿にのっけて醤油を垂らすぐらいの「冷やっこ」がせいぜい関の山だっただろう。それも醤油のボトルから直接。

 はぁ、若い時に料理をちょっとでも勉強しておくんだった・・・

 婆さんの青梗菜(ちんげんさい)オイスター炒めがもう一度食べたいなぁ    



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 火災で焼けたように真っ黒のガスレンジ。

 目玉焼きぐらいは自分で作っていたようだ。



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 2004年の9月以降、めくられていない、カレンダー。

 2004年(平成16年)といえば・・・

 NHKの「冬のソナタ」人気から韓流ブームが巻き起こる。

 Winnyの開発者が逮捕。

 小泉首相が北朝鮮を訪問。拉致被害者の家族5人が帰国。

 任天堂「ニンテンドーDS」が発売。

 そんな混迷の時代を象徴する事件が頻発するなか、うら寂れた廃業をしたガソリンスタンドの奥にある老朽化した邸宅で、人知れず、老人がこの世を去ったのだろうか。
 
 誰も看取る人もいずに    

 ご主人の定位置と思われる炬燵に置かれた座布団とひざ掛け布団。

 そこから手の届く位置に置かれていたお菓子の缶。

 その中には数枚の写真やハガキが宝物のように大事に入れられていたのである。



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 缶の中には病院の診断書もあり、お亡くなりになられた原因がそれとなく掴めそうであった。

 ご多分に漏れず他の廃墟同様、娘か息子夫婦と孫が写った写真年賀状もあったが、彼らは今どこで何をしているのか    




つづく…

「眠っていた、ご主人の秘蔵品」廃墟、カーマニアの御主人.6

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