相模湖-170
 和歌子ちゃんが受験勉強を頑張った二階の子供部屋。その部屋からはクラスの誰よりも早く初雪を見ることが出来た。

 あまりにも時期が早かったため、クラスの人達に『まさか・・・』と疑われるぐらいであり、大自然と背中合わせで暮らす、過酷な自然環境で生きる彼女の生活の一端が垣間見えた瞬間でもあった。

 無謀と思われながらも、山を切り拓いて見事「峠のお宿」を創り上げた、ご主人の熱意。

 当初はお爺ちゃん、お婆ちゃん、親戚のお姉さんまでお宿の仕事に加わってお客もそれなりにいて、お宿には始終笑みが絶えることはなかった。

 立地の悪さもあった。商売の好調はそう長くは続かなかったのだ。

 客が一人離れ、二人離れ、気づくと、何日もお客が来ない日が続いた(あくまでも推測だが実際そうだったことだろう)。

 祖父母は既に歳を取りすぎていてもう店には立てない。親戚の子は都心の大学に行ってしまった。

 借金は増えるばかり。店は閑古鳥が鳴いている。最後のお客は何週間前だったろうか。

 時代にマッチしない。山に閉ざされた、東京近郊にあるこの老朽化した観光お宿にどうやってお客を呼び込むことが出来るのか    

 和歌子ちゃんと裕之君(弟)が寝静まった夜、二人の夫婦は生きるための苦渋の決断を下したのであった。

 連れ込み宿にしよう・・・

「言うなれば、今流行りのモーテルだ。ラブホテルちゅうもんや」

 ご主人は真剣も真剣、本気の決断であったが、本来なら気の進まない屈辱的な事業転換であり、不徳の致すところを自ら笑って誤魔化すしかなかった。普段使いもしない関西弁を使って、場の気まずさを和らげる意図もあった。

 ラブホテル化したお宿に当初は珍しさも手伝ってそこそこのお客が訪れてくれていた。

 ところが、峠の走り屋ブームがお宿の立地する大垂水峠を席巻することになる。

 深夜に人は大勢やって来たが、彼らはお宿前に車を並べて走り屋を鑑賞するギャラリーであって、そこからお宿に宿泊する客はほとんどいなかったのだ。むしろ大量のギャラリーが店前を占拠することによって、本来の客、夜にしっとりとメイク・ラブをするカップル達はキチガイじみた大騒ぎを敬遠して全く来なくなってしまった。

 その狂乱の嵐の走り屋ブームから何年が過ぎた頃だろうか。

 大垂水峠の中腹には崩壊しかかった、廃墟化した「峠のお宿」の無残な姿が晒し続けられていたのである。

 僕が何度目かの訪問を果たした時には、綺麗サッパリ、更地になっていた。

 ふと、お宿本宅のあった背後の山を見つめると、山に点在していた幾つかの離れ小屋の数々はまだそのままであった。

 写真の自動販売機は、それらの小屋の中のとある一つの部屋に置かれていたものである。

 機械の中に眠ったままの硬貨を取り出そうとして、日当たりの良い廊下まで引っ張り出されて、破壊され、硬貨を抜き取られた、もの言わぬ屍。

 ご主人の無念さと、僕とお宿の関わり合いを考えると、最期の尻拭いは僕がやるしかないのだろということは身に沁みて感じているところでもある。

 峠のお宿が完全消滅する前に再び、僕は、背後の山を訪れるつもりでいる。

 ご主人と女将、和歌子ちゃん、裕之君の思い出のカケラを1mmも逃さないで拾い集めるために。

 それを写真か動画に残して、後世の人々に「峠のお宿」を語り継いでもらうために。

 もう僕にしてやれることはそれぐらいしかないのだから・・・・・
 


9
 取り込んでいたからと言って一頁しか交換日記を書かなかった、和歌子ちゃん。

 愛情の深さを頁数で測っているわけではないだろうが、それぐらいしか推し量れるものはなく、頁数に縋り付いているらしき峰尾君は、和歌子よもっと書いておくれよと言わんばかりに、その思いを行間に匂わせる。遠回しにもっともっとと、催促をする。

 とどめは、二頁にプラスして、今回の付録号だった。

 輝ける青春時代とはいえ、毎日人に読み聞かせるような事はそう起こらないものだが、mineoは頁が少なかったという喪失感を補うべく、和歌子ちゃんの奮起を促すことに必死になるのだった。

 俺は付録までおまけに付けてここまで頑張ったよ。お前が好きだからこそ苦労して書いたんだよ。それに答えてくれないかな    

 峰尾がプレミアム感まで演出して「ふろく号」を書いたワケとは、なんだったのであろうか・・・・
 


m17
                               (ふろく号)                 to わかこ
・今日は、”かぜ”で、おやすみだったので、オレ 心配してた
んぞょ~ 。 でも、TELしたら、”明日からは出れそう”という
言葉が帰ってきたので、”ホッ”としておりますです。
 はやく、元気になぁ~れ!!
オレも.少しちょうしが、 イマイチ なんだよね~。
 まったく、たいへんですよ~ね~。
 
 TELしようとした時さ、わかこは ねてるから出ないだろうと思っ
てさ.おばさんが出るだろう・・・なんて、思って、
受話器を手にしたとき、”おじさんが出たら~”という言葉が
のうりをはしり、少しうろたえたけど、勇気を出してかけたら、- - ・・
・・・・あんのじょ~、おじさんが出ててさ、とまどったけど、大丈夫
だったみたいでした。 ホッ・ ・ ・ 。
 2回かけて、2回ともだったので、ビビッた ね~。

・ ・ ・ ・ しかし、”うめ(めぐみ)”見るたび、ふいちゃうね~。

あと、”シャクレ” あの人もまったく、かわいそうに、
”かりあげ”みたいでさぁ~ 、 ひさんだなぁ~。

・ ・ ・ ・ないしょだよ~、これ。

でも、かわいそうだね~。

あっ・ ・ ・ 大ニュース。
はっきりは、わかんないけど、津高さ、定員より50人
ぐらい、おおいって 話しだぜぇ~ 。・ ・ ・河部先生がいってた。
    くわしくは ・ ・ ・- 新聞で。
    まいるよ~、そんなの~。
           では、 バ イ ナ ラ 。
        無理しないようになっ ・・・ 。

風邪で学校を休んだ和歌子ちゃん。

居ても立っても居られずに電話をした、mineo君。

常に自分の目の届くところに彼女がいないと、何処か遠くへ行ってしまうような、そんな強迫観念さえ感じてしまっていて、落ち着いていられない彼。恋の初期症状とはこんなものなのかもしれない。異常に浮気を勘ぐったり。四六時中、嫌われないようにと神経を尖らせていたり。

>TELしたら、”明日からは出れそう”という言葉が帰ってきたので、”ホッ”としておりますです。

家で病気療養中、テレビでジャニーズアイドル出演の歌番組を観て、そいつのことを俺より好きになったりしてはいないだろうか。心は俺から離れてしまって、男性アイドルに夢中になっていやしないか。所詮俺は一般人。ジャニーズに太刀打ち出来るはずもない。明日から登校できるなら、短期間にそれ(ジャニーズを好きになる)はもうないだろうと、安堵したかもしれない、峰尾。いや、純粋に彼女の回復を心から喜んでいるかもしれない。思春期の揺れる想いが複雑に交錯する。

>はやく、元気になぁ~れ!!

愛情たっぷりのメッセージ。この年代で照れもなく、なかなかこの言葉を発せられるものではない。心から彼女を自分に繋ぎ止めておきたいという切実な思いが込められている。結婚して生まれる子供の名前さえ本気で考えていたことだろう。

>勇気を出してかけたら、- - ・・・・・・あんのじょ~、おじさんが出ててさ

スマホや携帯の無い時代。家の固定電話にかければ、お宿の女将かご主人のどっちかが出るに違いない。「おまえ、和歌子とどういう仲なんや」とは言われないだろうけど、和歌子ちゃんの父親と話をするのには勇気がいる。父親は一家の権威、象徴だ。父親、母親、どちらでも抵抗があるが、どちらかと言えばまだ女将の方が救われる思いがする。物腰が柔らかそうであるだけに。電話口に出たのは父親の方だった。

>おじさんが出ててさ、とまどったけど、大丈夫だったみたいでした。 ホッ・ ・ ・ 。

問い詰められることもなく、穏やかな対応で胸をなでおろした、mineo君。彼氏として認知されたであろうことも密かに嬉しかったのかもしれない。

>あと、”シャクレ” あの人もまったく、かわいそうに、”かりあげ”みたいでさぁ~ 、 ひさんだなぁ~。

極めて内輪での下世話な会話が続く。ネタ元を知っている者同士では大爆笑モノの話であるに違いない。

>・ ・ ・ ・ないしょだよ~、これ。

当人が知らないところで悪口を言って盛り上がっていることに罪の意識を感じ、二人だけの秘密だよ、間違っても外に漏らさないでね、本人が聞いてしまったら、嫌な思いをするからさ、と、心優しき少年、峰尾君だった。

>津高さ、定員より50人ぐらい、おおいって 話しだぜぇ~ 。・ ・ ・河部先生がいってた。

二人が仲良く受験をする「津高」、受験生は定員より50人多いというニュースが入ってきた。和歌子ちゃんは受かりそうな雰囲気があるが、mineo君は当落線上にいそうな不安定さを常に漂わせている。最悪の場合、両者高校入学と同時に離れ離れということもありそうだ。高校が違えば、中学の時のカップルなど脆くも破局してしまうのは必然だ。彼女は新しい高校で峰尾よりもっと洗練された新しい恋を見つけることだろう。それは子供みたいな峰尾君と違って大人びた先輩の可能性だってある。

>まいるよ~、そんなの~。

日々の彼女の愛情の喪失にも気苦労から心労を重ね、受験校の合格の危うさにも心を痛める、nineo君だった    



 和歌子ちゃんから峰尾君への交換日記。

 中学時代にいかにもありそうな騒動「くし事件」が起きる。

 他にも、髪を先生に切られた人がいるだとか、ある女生徒がタバコを吸ったなど、和歌子ゃんから様々な話題が提供されるけれど、彼女からmineoに対する想い、mineoの話題は何一つない。

 彼女に悪気は無いだろうが、峰尾君は『俺のこと全く興味が無いのかな?』と、疑心暗鬼になってしまうことだろう。

 二人は無事、高校入学を果たして、中学時代からの恋をこの先でもより深めることができるのだろううか    




つづく…

「巻き込まれた、くし事件」廃墟、家族崩壊のお宿.21

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