峠ドライブイン-145
 エントランスホール脇の残留物の山の中には、カズ少年の夢を言葉にしたであろう『サッカーノート』も一緒に置かれていた。

 Jリーガーを皮切りにして、やがてはプレミアリーグに所属して現地の人も驚きの大活躍、そして、日本代表のユニフォームを着てワールドカップに出場、そんな野望や夢が描かれているのだろうか。

 それとも、戦術などに関する実用的な内容で頁が埋め尽くされているのか。

 今では黄昏れた空気が流れる薄暗い廃墟で男がたったひとり、期待に胸踊らせて、小刻みに揺れる右の人差し指と親指で頁をつまみながら、カズ少年のどでかい夢を少しだけ覗かせてもらうことにした      
 


峠ドライブイン-146
 無垢のままであった。

 破った跡はあるが、残りの頁数からして、ほとんど使用歴がないのは明らかである。

 当時、早くも挫折して、書くのも躊躇われるような苦悩と向き合っていたのかもしれない。



峠ドライブイン-147
 なぜか、カズ少年の生徒手帳まであった。

 全く名字の違う人の生徒手帳も。

 廃墟ドライブインに残されていた、カズ少年の隣の生徒手帳の珍しい名前の人、ちょっと気になって検索してみたところ、見事に引っかかった。年数からして間違いない。

 「超」が付くぐらいに大々的に特集されているので、興味のある人は見てみると良いでしょう。

 しかしなんでまた、カズ少年とは親戚でも無さそうだし、彼のような人の生徒手帳が、ここに?



峠ドライブイン-149
 ドラえもん好きだった、カズ少年。



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 様々な人達の思い出とともに消えゆく、廃墟ドライブイン    



峠ドライブイン-150
 部活帰りに寄って、キンキンに冷えたガリガリ君を貪り食って、渇ききったのどを潤していたことでしょう。



峠ドライブイン-163
  一旦、



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 外に出てみた。



峠ドライブイン-157
 外に設置の冷凍保管庫は森永。

 ご主人、営業にグイグイ来られると、断れなかったらしい。



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 一階の外側から回って来ると、ここに入ることができる。



峠ドライブイン-160
 物好きな僕ぐらいしか紹介しないことでしょう、旭山ドライブインのお風呂。



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 老夫婦好みの渋いデザイン。



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 入浴後、全裸でこの椅子に座って木の冷たい肌触りを尻に受けつつ、夜風に吹かれて、クールダウンをしていたのだろうか。



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 変わり果てたこの姿に、かけてあげる言葉も無かった、僕    



峠ドライブイン-152
 カイラスチャンネルの動画だったら、この辺りで悲しげな曲がかかる頃か。



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 亡くなったお婆さんが大切にしていた、このお人形、現在は無いとのこと。

 不届きな侵入者がいるようだ。



峠ドライブイン-17
 気になっていた、向かって右サイドのコンテナハウスみたいな建物を調べてみることに。

 大体察しがつくのですが・・・



峠ドライブイン-165
 今では信じられないことに、大垂水峠がバイクで溢れかえっていた頃は、ご主人も拡大路線にかじを切り、ホットドッグでも売っていたのかと、僕は見当をつけていた。

 ドアから中を見ても伺い知れるものは無い。

 しかし、シャッターと壁の隙間に無理やりカメラを潜り込ませてみると・・・・



峠ドライブイン-167
 『弁当』の文字が読み取れた。

 ほかほか弁当でもやっていたらしい。



峠ドライブイン-156
 一時かもしれませんが、峠ブームは多大なる恩恵をご夫婦にもたらしてくれたのでしょう。

 こんな高価そうな外国製のお人形だって購入出来た。

 ちなみに、僕がロスアンゼルスでホームステイをしていた時、外から部屋に戻ってみると、これと同じぐらいの人形が、きちんとベッドメイキングされた僕のベッドに仰向けになって寝ていた。胸のあたりまでご丁寧に掛け布団をかけられて。何も知らなくて虚を突かれた僕は、一瞬、子供の死体が寝ているのかと、心臓が押し潰れんばかりに驚いた。おそらく、前日にホームステイ先の子供(5歳の女の子)と口喧嘩をしたので、それの報復で嫌がらせをされたか、彼女はそんなことはすっかり忘れていて、おままごとをやったままにしていたのか、真相は今でもどうだったかわからない。

 それ以来、こういったリアル系の赤ん坊の人形を見ると、あの時の戦慄がよみがえって来て、心臓がきゅっと収縮してしくしく痛んで仕方がない。



峠ドライブイン-166
大垂水峠ステッカー 有ります 一枚 200

 ステッカー一枚200円とは、なかなか良心的なお値段。

 バイク少年達は記念にこぞって買い求めたのか。

 時折、大音量のマフラーの轟音が大垂水峠の空に響き渡るが、バイクの連中で賑わった喧騒など、今では想像することさえ難しい。

 なお、僕のツイッターをフォローしてくれている、オーストラリア人の方で現地でハチロクを操るという女性の方が、このステッカーの写真が掲載してあるツイートを教えてくれました。

 旭山ドライブインのオーナーのお爺さん的なセンスからして、毛筆で「バリバリ!大垂水峠!」みたいなデザインかと思いましたが、予想に反して結構クールなデザインのようです。

 『MOTO SPORT AREA』という表記のために、警察から販売ストップがかかったようで、ステッカーの販売は短命に終わった模様。





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 見えるはずのないバイクの群れを見ているかのような、お人形    



峠ドライブイン-153
 赤ん坊がずっと待ちぼうけをしているように、この敷地に未来永劫バイクや車が入って来ることは決してない。

 例え冷やかしでも。

 ガードレールとバリケードで完全に封鎖されているからである。

 僕は広い駐車場を寂しく一人横断して、ガードレールを越えて、歩道に停めてあったバイクに戻った。

 バイクに跨り、セルボタンを押す。エンジンに火が入る。大垂水峠にとっては久しく懐かしいような、乾いた甲高いエンジン音が山の穏やかな空気を搔き揺らす。

 道路に出てウィンカーを出すと、ちょと勢いのあるスピードを出し気味の車が前を通り過ぎて行ったので、その車を追いかけるように後に続いた。

 長めの峠の下りの坂道、僕はラブホ通りに差し掛かるまで、車を追走し続けた。その後も車を抜かすチャンスはあったが、無理に追い抜くことなく、バイパスまで平静平穏を保ったまま車の後方を安全運転で走り続けた。数年前までだったらガンガン鬼すり抜けをしていたところだったが、なぜか、その頃からそう歳をとったわけでもないのに、自制していつまでも車の後ろで堪えられる自分がそこにはいたのだ。

 いつのまにか、バイクをスピードの出せるマシンではなく、移動手段の単なる道具としかみなくなったのでは?と、そう考えると、自分が急に老け込んだような気がして、少し悲しい気持になってしまった。

 自宅に着いた時間は以前とそう変わりなく、降りた時の高揚感が醒めてゆくような寂しさも、いつの頃からか感じられなくなっているようだった    
 

 

おわり…

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