黒の家-1
 メールでここの訪問記を送ってくれた人によると、この廃墟らしきものは、ご主人はどこか別の住まいにいらして、不定期にメッセージを書きにこの家にやって来る、という話であった。

 アップデートされる、壁の文字。

 家の前は車の往来の激しい幹線道路。

 メールを送ってくれた”のり”さんいわく、その空気感とドライバーの熱い視線もあって、外側から眺めて写真を撮るのが精一杯だったという。

 僕なら、手ぶらでは帰らないだろうな、という、根拠の無い自信のようなものはあった。

 見た感じ、遮るものは無いのだから。

 広大な敷地には、本宅の奥にも離れの平屋がもう一棟存在するようである。

 情報を貰った当時は”回転性めまい”を発症してしまい、このような家の訪問などとんでもない時期であったが、なんとか病気が完治した今、行くしかないだろうと、半年以上指をくわえていた鬱憤を解き放つべく、訪問してみることにした    



 『のり』様、情報提供、どうもありがとうございました。



黒の家-2
 駅からバスに乗って数十分で到着。

 家はバス停の目の前にあった。

 がしかし、廃屋と思われた家の中から、スピーカーから発せられているらしき音楽が聴こえてくるではないか。

 もしや、セキュリティでも施してあるのだろうか。

 自宅から始発の電車でやって来たということもあり、辺りはまだ薄暗い。

 バスでやって来る途中、ここのバス停の一つ手前に耕作放棄地があり、その奥に廃屋があって、それが気になっていたので、徒歩で戻って、取り敢えずその廃屋を確かめに行ってみることにする。

 戻って来た時には、明るくなって撮影もしやすいだろうし、セキュリティの状態も何か変わっているのではないかという期待もあった。

 わざわざ徒歩でバス停を一つ戻って行ってみた廃屋らしきものではあったが、蔦が絡まって誰が見ても廃屋のようではあったが、窓からは電灯の灯りが漏れていた。

 諦めて引き返した。

 戻ってくると、隣家の男性が彼のご自宅の前で掃き掃除をしていたので、この文字が書かれた家のことを聞いてみることにした。

 すると、驚いたことに、通称『黒の家』のご主人は、今この瞬間も、文字が書かれた家の中にご在宅であるという。

 『黒の家』家主は、元市役所の職員。廃業前の山一證券などの株を大量購入した後から、このように家に文字を書くようになったということだ。

 会えば気さくに話をするし、会話は至って普通、普通の人ですよと、そこを強調して話されていたことがとても印象的であった。

 ボソリと、

「おそらく、僕ぐらいかな、外部の人と会話があるのは...」

 とも。

 隣に住んでいてあの文字のことはどう見ているかと聞いても、ネガティブなことは一切言わないし、スピーカーの音も許容範囲内なので、何とも感じないということであった。実際、黒の家の隣の家の門の前で耳を澄まして聞いてみると、そう大音量ではなく、不快な感じはしなかったのである。

 廃墟かと思われた『黒の家』。実は家主がご在宅であったとういことで、なら仕方ないので、外側から写真と動画を撮ろうと、カメラとビデオカメラを手元に用意して、撮影に取り掛かることにした。



黒の家-33
 僕にしては、おしとやかに、控えめに、黙々と、道路一歩挟んだ奥の方から淡々と写真を撮っていると、近所のオバさんらしき人が険しい形相をして僕に言い寄って来た。

「あなた、家の人に許可を取っているの?」

「いいえ、勝手に撮ってますけど・・・・」

「無断でそんなことをして、警察を呼びますよ!!」

 一瞬、彼女は『黒の家』のご主人の妻だと思ったが、塀の外側からやって来たし、『黒の家』のご主人とは距離感を保った言葉の選び方をしていたようなので、大方、近所の世話好き婆さんだなということは理解できた。

 隣家の温厚なご主人の妻かもしれない。

「家にいるから許可を取りなさいよ!」

 すると、よく見ると驚いたことに、『黒の家』のご主人と思われる方の姿が玄関にあったのだ。

 後でわかったことだが、ご主人は金魚にエサをやっていたようだ。



黒の家-30
 世話好き婆さんの迫力に圧倒されて、渋々というわけでもないけれど、彼女に背中を押されるようにして、僕は敷地内に入り、『黒の家』のご主人と対峙することになった    



黒の家-13
右脳出血1983年7日1日
東京デズニランド
オープンの 32才
 ミニチュアダックスフンド
1999年11月2日
11時
左目から脳ミソ
串刺し


 外側のブロック塀にはこんな文言が書かれていた。

 今から、これらを書かれたご主人との対面を果たそうとしている、僕。

 生温かい嫌な汗が首筋から一滴、雫の航跡を描いて背中の漆黒へと流れ落ちていった    



黒の家-6
 現物も添えてある。



黒の家-5
 ご主人のジャージとシャツなのだろうか・・・・



黒の家-8
松下・京セラ・ニンテンドー
等々あれど
大会社は金出さず


 バブルが弾けた後ぐらいの情報?

 鼻先に突きつけられるとどまるところを知らない情報の圧に、言葉数も少なくなる、僕    



黒の家-106
 詩人でもある。



黒の家-20
 英語も出来ると、隣家の男性は褒めていらっしゃった。



黒の家-26
 ケン活とは?

 この後、沢山書かれているのを目にすることになる。




黒の家-63
”恐怖”



黒の家-89
 塀の上面部にも。



黒の家-102
 ケン活推し



黒の家-109
大工が傾いた家を作った理由



黒の家-24
 株券がベタベタと至る所に貼られていた。



黒の家-23
 後で行った独占インタビューによると、これらの株券は全て本物であるとのこと。



黒の家-108
 マンホールのスペースまで。



自転車
 この後、僕とご主人は膝を突き合わせて会話をする間柄へと発展することになった。

 K冊に襲撃を受けて家をズタボロにされた話や、脳みそを切除されて片目が見えなくなってしまった話、山一證券や拓銀が廃業するわけがなく、あれはご主人のような大株主に対する工作であり、株の保有権はまだあるから、そのうちお金は戻って来る等、ご自身の主張を展開してくれたのだ。

 これは愛犬のトイプードルと散歩に出掛ける時の写真。

 下はデニム、上は革ジャン。どちらも家の外壁と同様、過激なメッセージでびっしりと埋め尽くされていた。

 頭には電飾付きのヘルメットを装着。バッテリーに対応していて、ピカピカと光っていた。

 ご主人いわく、

「交通安全が何よりなんだよ    


 家の中に招かれた、僕    




つづく…

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