相模湖-4
 お宿の駐車場に捨てるように置かれていた、日本人形。

 数々の廃屋を見て来たからこそ言えるのだが、こういったケースは実に多い。

 旅立つ準備として家中の荷物をまとめる。

 でも、全部は持って行けない。

 必要な物だけが選別される。

 思い出の人形があったとする。

 引っ越しでも、夜逃げであっても、手持ちサイズのぬいぐるみ程度ならばかさばらないので、持って行く対象に選ばれるでことであろう。

 だが、このようなディスプレイ形態の人形はどうだろうか。

 まず、置いていかれる運命にある。

 乗用車の座席をひとり分占領しそうな大型ぬいぐるみとて同様である。

 どこかで見ているかもしれない和歌子ちゃんが、頭髪がスダレのようになったこの日本人形の姿を目の当たりにしたら、どのように思うだろうか。

 今では、この日本人形自体がもう無いという現実。

 当時を思い浮かべて懐かしがっているだろうか。

 峰尾君とともに将来の夢を語り合った日々。

 大垂水峠のお宿を飛び出して、世界中を駆け回るジャーナリストになりたいと、彼女は交換日記にそう記した。

 地球の裏側から、数十年後に掘り起こされた自分の交換日記を目を細めながら読んでくれているだろうか。

 夢に追いついたのだろうか。

 全く別の夢を掴んだのだろうか。

 思い出の品々を何一つ取りに帰らなかったことが、現在幸福な生活を送っている証であると、この悲しそうな人形の瞳を見て、そう自分を納得せざるをえなかった、僕であった    
 


10
 今ならブラック校則と言われかねない校則によって引き起こされた”クシ事件”。

 自分で色気なしと言い放ち、休日に眠り通しだった、和歌子ちゃん。

 深夜から朝方にかけて眠い目を擦り擦り、待ちわびるmineo君のために日記を朦朧した頭でなんとか書き上げた、彼女。

 受験勉強に追い込まれ、ついライバル生徒達へのディスりも飛び出しながら、受験勉強は佳境に入って行くようなのであった    



w18
さて. 今は AM 5:54 。
夜にね、 7時ごろかな?
べんきょー はじめようと 思って こたつに もぐりこんだんだけど, ねむ
くって どーしようも なかった わけ。
”しょーがない”って 一人言 を つぶやきながら しっかり ベッド
へ 直進!! 今の 今まで ねてしまった!
つかれてるのかなあ.

どーも ごしんぱい おかけしました。
時間 へんこー の ことも どーも ありがと, たすかった。

ぬわに~~~ 藤中の女子が 津高へ ゆくのが 楽だと!
ムカ!!
はっきり いって おちれば よかった ・・・ じゃない,
おちろ ~~~~~~~~ !! <うらみさ こめて>

日よう日は というと・・・・・ ねてた。 <色気もなんもないよ~~~>
おねつが 少し あったもので はい。

今日の くし 事件 どう思った?
私は うたがうほうも ちょっと どうかなって 感じだし、う
たがわれる 方 も , 日ごろ うたがわれないような たいどを
とっとく べきだと 思うけどな。
でも あの人たちは <全員> かわいそうに
いい 恥さらし だったね、

もちろん 日記 まいにち つけてますよ!
あれ? なんで しってんの?

大垂水峠のお宿。

まだ薄暗い早朝。

あの二階で、受験生が神経をすり減らしながら勉強に打ち込んだこともあった。今では信じられないことではあるが。

>ベッドへ 直進!! 今の 今まで ねてしまった! つかれてるのかなあ.

和歌子ちゃんは闘っていた。未来を手繰り寄せるために。ご両親の苦労は目の前で見ていたのであろう。若女将になるとは、とてもじゃないが、あの惨状を前にして言えなかったのである。峠に押し寄せていた、和製ワイルド・スピード、強面のヴィン・ディーゼルのようなやつらが夜な夜な集い囲まれていた、お宿を前にして。峰尾がいたからこそ、時には愚痴を言い合い、切磋琢磨して乗り越えられようかとしていたのである。

>どーも ごしんぱい おかけしました。

前文の内容からして、彼女が病気であったことは容易に想像できる。だが、彼女はmineoに心配をかけまいとして、ストレートな表現では言い表さなかった。

>ぬわに~~~ 藤中の女子が 津高へ ゆくのが 楽だと!ムカ!!

ライバル同士の情報戦が活発になってきたようだ。牽制し合っているのか。簡単だよと言い、相手を油断させる。もしくは、動揺させる意図があったのか。その術中に見事はまってしまっている、和歌子ちゃんであった。

>おちろ ~~~~~~~~ !! <うらみさ こめて>

神にもすがる思いだった。悪魔でもよかった。一人でもライバルが減るならば。彼女はお宿の二階で、不安で張り裂けそうになる胸を抑えながら、必死にペンを走らせた。高校に合格しなけりゃ何も始まらないのよ。

>日よう日は というと・・・・・ ねてた。 <色気もなんもないよ~~~>

数十年後、お宿自体が永遠の眠りにつく。その二階で、お宿の未来を案ずることを思いつきもせずに、この時だけは、惰眠を貪った。

>今日の くし 事件 どう思った?

後半の文を読むと、これは所持品チェックが行われたようで、くしを持っていると取り上げられたようだ。昔はこんなことがまかり通っていた。

>うたがわれる 方 も , 日ごろ うたがわれないような たいどをとっとく べきだと 思うけどな。

生徒も洗脳されているかのように、クシを所持することが悪であると思ってしまっている。髪を整えるくし。それを持って来ただけで、風紀が乱れると、犯罪人扱いされていた狂気の時代だった。

>でも あの人たちは <全員> かわいそうにいい 恥さらし だったね

あの人達がまるで、公衆の面前で処刑されて、広場で磔の刑にされているかのような言い方。明日は我が身と、他人を思いやる余裕など彼女には無かったのである。それほど、当時の校則は理不尽に厳しくて、罰則も屈辱的、生徒達は服従させられていたのである。



w19
わー 空が どんどん 明るく なってく♡
そろそろ あったかい ふとん から ぬけださなくては!
かなしい わん!

うめも そうだし、 あと がふおも 切られたでしょ!
やすも。 <やすは どっちかというと かわいく なった>
まりちゃんは なんか しらないけ ど タバコを やって
どーの こーの って 話を ちらっと 聞いたけど・・・
ムム・・・ 早く 立ちなおって ほしいもの ですなあ。

えーん くまに もらった クシ とられちゃった。
すぬーぴー の !!
もったいなーい ~~~~ もう! 河部センセ ~~~ 早く
かえしてよお ~~~ あれ お気に入りなんだぞ !

しかし よく 考えてみると 私 やく 11時間も
ねた わけ !? おそろし ・・・
目が はれてんじゃ ないかな、
てと、 頭 でも あらおーかな。

朝やけがすごい キレイ !!

それでは!!

by ♡

お宿の上空にも太陽が昇る。毎日毎日。廃墟化しても、それは同じであった。

>あったかい ふとん から ぬけださなくては!かなしい わん!

底冷えするとは、あの家のことではないだろうか。

薄い板と板の壁と床。断熱材なんてなかったかもしれない。真冬には、室内のコップの水も凍るぐらいの寒さではなかったか。

和歌子ちゃんが極楽のような温もりの布団から心を鬼にして抜け出した。肌が切れそうになる凍える室温。

>うめも そうだし、 あと がふおも 切られたでしょ!やすも。

頭髪検査に引っかかったのか。うめ、がふお、らが、髪が長過ぎると、切られたのかもしれない。

>くまに もらった クシ とられちゃった。すぬーぴー の !!

所持品検査で、違反をして持って来ていた和歌子ちゃんもくしを取られた模様。女子がくしを持ち歩くなんて当然だと思うが、昔の日本は違っていた。生徒にスキを見せるとつけあがる一方だと考えられていたのか、とにかく大人は生徒達を校則で縛り上げていたのである。

>もったいなーい ~~~~ もう! 河部センセ ~~~ 早くかえしてよお ~~~

スヌーピーのくし、廃墟のお宿の部屋にあっただろうか。

写真を見返してみよう。

>私 やく 11時間もねた わけ !? おそろし ・・・

朽ち果てた部屋しか見ていない者にとって、あの部屋で11時間も寝るとは信じられないことだが、お宿にも平穏な時間が流れる時が確かにあった。

文面からすると、まだご一家は幸福そうである。

>朝やけがすごい キレイ !!

僕が到着したのも、まさに夜が明けて朝靄で山肌にしがみつく離れが霞んで見えた時間。

あの朝焼け、和歌子ちゃんも見ていたのだなと、胸に熱くじんわりしたものが滲み出たような気がした    



 和歌子ちゃんの説明ではいまいちよくわからなかった”クシ事件”の真相を『よく俺もわかんねえけどね』と言いながら、詳細に語りだす、峰尾。

 タバコ事件のことも、犯人は女子で、タバコと酒をやっていたなど、独自の情報網により和歌子ちゃんより克明に報告してくれる。

 他愛もない生徒間ゴシップを語り合う間にも、二人の入試テスト日は刻々と近づいていた    

 

 
つづく…

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