兄弟2-01
 山梨県の道志村にあるオートキャンプ場から姿を消した小倉美咲ちゃんを探して界隈をさまよっていると、今では使われていない、かつて住居が上に建てられていたかもしれない石垣の連なりを目にする。

 草が生い茂って荒れるがままの石垣。

 周囲に人家など全く無い場所である。

 少しの手がかりでも欲しい僕は、藁にもすがる思いで、その石垣をなぞるように辿って行ってみることにした。

 すると、少し坂を下った先の竹藪の中から、一軒の廃屋が静かにのっそりと姿を現したのである。

 電柱があるから電気は通っていたのだろうけど、陸の孤島みたいなこの場所になぜ、家を建てたのか不思議でならない。今では手前の家は消滅しているものの、ここはちょっとした規模の集落だった可能性もあるのだろうか。



兄弟2-260
 台風の影響だろうか。屋根の瓦は所々浮き上がって隙間を見せている。抜けている箇所もある。雨水の侵入を許してしまっているに違いない。

 縁側のガラス戸は全て閉じられている。

 この時僕は、特に深く考えもせず、この家は平屋だろうなと思っていた。

 太い梁などを見てもかなり年数の経った旧家であることが想像され、この時代の家は大抵平屋、ましてやこんなド田舎、そんな先入観があった。

 二階に窓らしきものが見えるが、採光用の明かり窓だろうな、と勝手に思い込んでいた。

 入って探索をして驚いたが、実はこの建物、四階建だったのである。

 一階に上に登れる階段があったのはまあ別に驚かない。

 が、その後次々と発見することになる階段の出現に、驚嘆とともに、それはまるで未知の世界へ誘う四次元の入り口への”ゲート”なんじゃないかという気さえしてきたのである。

 四次元廃屋。そんな言葉が頭に浮かんで来ては消えていった。



兄弟廃屋-253
 鍵はしっかりと閉められている。

 鳥の鳴き声以外は何も聴こえてこない。



兄弟廃屋-256
 ポストは最後に見ることになったが、四次元構造の家より何より驚いたのが、この真っ赤な郵便ポストの中身である。

 住人はおそらく、夫婦に兄と妹。

 昨晩飲んだような晩酌の痕跡、炊飯器の中、そのままの、兄弟の机の本や服、アルバムなど、やむにやまれず、突如家を出て行かれた可能性が極めて高いと僕は見た。

 四人家族の中の妹さん  もしかしたら、親と生き別れたのかもしれない  が、なんと、廃屋となったかつての我が家に戻って来て、このポストに、未来の自分宛てに、手紙を出し続けているようなのである。再び舞い戻り、過去の自分が出した自分宛ての手紙を、この廃屋の前で読む。

 そういえば、韓国映画で、引っ越した家のポストが未来と繋がっていて、未来の住人と文通をする、という映画があった。僕はハリウッドでリメイクされて確かブラッド・ピットが主演のを観たのだけれど。

 友達が投函したらしい短文短冊の手紙も一通。他は彼女のが十数通ぐらい。

 一年後の自分宛だったり、十年後であったり。

XXでの思いではおぼえていますか?

有言実行できましたか?

 父親が死んでも、全く泣かなかった僕が、彼女が辛い現状に耐えながら、未来に希望を託して未来の自分に出した手紙を読ませてもらい、廃屋の前で男がたったひとり、胸が詰まって息苦しく、目頭が熱くなり、しばらくの間、棒立ちとなる。

 瞼をしきりに瞬く。

 こぼれ落ちようとする涙に抗おうとするためのせめてもの微力な抵抗    



自転車-248
 妹が未来の自分とやりとりする郵便ポストの横では、お兄ちゃんの自転車が、今まさに、自然界に飲み込まれようとしていた。

 正面突破は難しそうだった。

 横の小道を行ってみることにしよう。



兄弟2-6
 居間の窓は開け放たれていた。

 コタツが見える。

 御一家がここを去られたのは、今日のような寒い冬のことだったのか。



兄弟2-7
 ほんのり苔色に色づいた戸の上部分の意匠



兄弟2-5
 引き戸も開いたまま。

 定住者がいると怖いので、お決まりの咳払いなどをする。他にも適当に「ウィース!」などと、声を張り上げてみる。

 誰もいないようだ。



兄弟廃屋-23
 入った先は土間。

 上がり框があって、下は収納用の引き出しになっている。

 試しに引き出しを引いて開けてみようとするが、木が水分を吸って膨張しているのか、微動だにせず。



兄弟2-22
 美咲ちゃん、ここまでは来ないだろうな...



兄弟廃屋-18
 入って左側は倉庫になっていた。

 ランタンなど、キャンプ用品が多い。

 スケボーはお兄ちゃんのものか。



兄弟2-19
 ブリジストンの販促グッズかも。

 スケボーの裏にもブリジストンのステッカーが貼ってあった。

 そういえば、菊池桃子がブリジストンのCMに出演していたことがあったっけか。

 この後、僕はお兄ちゃんの小学校時代のお手製アルバムを発見することになる。

 そこには「僕の夢は、お父さんと同じ”ブリジストンタイヤショップ”で働くことです。なぜかというと、お父さんが大好きだからです」と書かれていて、僕は、込み上げてくる嗚咽を抑えるのに必死になった。そんなバカなことがあるものかと、目を見開き、腐った畳や穴の開いた天井を見回すのだった。

 何があったのだろうか。

 この廃屋で    



兄弟廃屋-17
 収納袋に男の子の名前が。



兄弟2-8
 戸から入って右に居間。

 掘りごたつがある。

 テーブルの上には、ウィスキーのボトルに、徳利にお猪口。

 ウィスキーのボトルにはまだ三分の二ぐらいお酒が入っていた。



兄弟廃屋-25
 つい最近までご家族が暮らしていたかのような息づかいがそのまま壁に残る。

 周到に準備をして引っ越したとかではないだろう。

 ご主人が大酒飲みだったのか、酒の瓶やらボトルが至るところにあった。

 アル中で一家離散、そんなことも考えられる。



兄弟廃屋-27
 1998年の4月以降めくられていないカレンダー。

 1998年といえば、

 「だっちゅーの」(パイレーツ)が新語・流行語大賞の年間大賞を受賞。

 郵便番号の7桁化が開始。

 アントニオ猪木東京ドームで引退試合。

 大相撲・貴乃花と若乃花、史上初の兄弟横綱が誕生。

 Windows 98日本語版発売。

 コブクロ結成。

 任天堂、ゲームボーイカラー発売。

 セガが家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」を発売。

 バブル経済崩壊が1991年。1998年の前年に山一證券が自主廃業。

 日本経済の暗黒期に、ここのご主人も大きなうねりの中に巻き込まれてしまったのだろうか。



兄弟廃屋-24
 炊飯ジャー。

 取っ手に自作のカバー。

 昔、電話機にこういったカバーを取り付ける家が多かった。

 開けてみることにする。



兄弟廃屋-31
 思った通りだった。

 最後の晩餐、一家はご飯を炊いて皆でしんみりと食事をした。

 ご飯が底に残っていたのだろう。今となっては、残ったご飯は水分が飛んでカラカラに乾燥して姿は留めず、内釜に黒い錆のようになって薄くこびり付いたまま。


 兄に妹。

 それぞれに、子供部屋も用意されていた     

 
 

 
つづく…

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