79
 ついに卒業式を迎えるキョーコさん。

 入学以来いつも一緒にいたという均君とはこれからは別の道を歩んで行くということで、水のような当たり前の存在だった均君のことをしみじみと改めて感慨深く振り返ってみたりする。

 一方、思い焦がれてきた金山君に対しては、告白も何もせずに別れなければならないと、悔やんでも悔やみきれない無念さが滲み出る。

 キョーコさんは、深いため息とともに、肺の奥からヨイショとゆっくりと押し出すように、こうつぶやいたのだ。

『貴方への思いも一緒に卒業できれば・・・・・・』

 そして、運命の日がやって来た。

 高校入学の成否が判明する。

 均くんも。

 勿論、金山君も。

 さらに、閉校式。

 私が作っていく道は一本しかないのだと全身の毛穴から絞り出したかのような名言をボソリと吐く。

 来学期から、新たなステージより、キョーコさんの新たなる生活がスタートすることになる   


14
 1979年 3月14日 (15日) 1:11

明日は 卒業式です。 今までの義務教育を おえる
のです。 9年間は 過ぎました。 入学する前 から
いつも いっしょにいた均君.... 明日で その ともに歩ん
できた道からわかれるのです。 自分自身の道をえらび
そして 歩んで ゆくのです。 中学生時代も*おわり
ます。 私は ..... 卒業するのです。
 貴方*への思いも いっしょに卒業できれば ・・・・
 金山君 ... 私は また 何もせずに 貴方と別れ
 なければ いけないのです. 貴方へのおもいは
 どうすれば 良いのでしょう ....。
 私はバカです 私はヘンな人間です。
 金山君 ... 貴方は 私の想いを知って
 いますか?・・・・ 早く できることなら忘れて
 しまいたい .... 貴方への 想いと ともに。
 *本当に いつも いつも いつも いつも ........
 いつも 片思いにしてしまう。バカな私!
 いつか きっと 私自身が* かわるよう・・・・・ おやすみ。

本人が言う通り、キョーコさんの義務教育がついに終わりとなる。入試の結果いかんでは、地元の水産加工工場で働くことも視野に入れねばならない年齢と社会的地位に差し掛かったということである。

>入学する前 からいつも いっしょにいた均君.... 明日で その ともに歩んできた道からわかれるのです。

彼には恋愛感情は全く無く、日記でも「あの均が・・・」と気安く呼びつけだったが、いざ離れ離れになると思うと、心にヒューっと隙間風が吹いて、あんな均でも自分の前からいなくなると淋しくなるものなのねと、しおらしくなったのか、名残惜しそうに均くんへの別れの言葉を切々と書きながらきっと均くんとの思い出に耽っている、キョーコさん。

>自分自身の道をえらびそして 歩んで ゆくのです。 中学生時代も*おわります。 私は ..... 卒業するのです。

まだ、入学試験の結果は出ていない。もしかしたら、僕が以前チラ見した、ミスタードーナツでバイトというのは、中卒でフラフラしていて、バイトでもやろっか、と、最悪のシナリオが進行してしまった結果であったのか。この時点でキョーコさんも卒業に言及はするものの、高校生活のことは一切口にしていない。高校に行くことが当然であるという状況にないことは自分が一番良く知っている様子。

>貴方*への思いも いっしょに卒業できれば ・・・・

均くんとの別れの言葉はサバサバとしたものだったが、金山君とはやはり違った。次のステージへ一方通行の愛を持ち越してしまうようなことを言っている。自身の中学卒業。一方通行の金山愛を断ち切る、それは金山君からの卒業であり、二つをかけて「卒業」と言っているわけであり、書きながら、うまいこと言えたなと思っているに違いない。

>何もせずに 貴方と別れなければ いけないのです. 貴方へのおもいはどうすれば 良いのでしょう ....。

金山君への愛の言葉を、一体、この日記にどれだけ書き込んだか。抱え込むだけ抱え込んだ両手から溢れんばかりの金山愛を当たって砕けることも出来ずに、生煮えのまま、中学卒業より先に持ち越すことに焦慮の色をみせる、彼女。

>私はバカです 私はヘンな人間です。

手紙一枚でも出せば良かった。そうすれば、ここまでウジウジ悶え苦しむこともなかった。何も言えない行動に移せない自分は人様と違ってどこか頭がおかしいのかしら? と自虐的になる。

>金山君 ... 貴方は 私の想いを知っていますか?

もしかしたら、彼は気づいていたのかもしれない。俺のことずっと見ているなと。自分から切り出すことでもないので、金山君は沈黙を続けていたのか。

>いつか きっと 私自身が* かわるよう・・・・・ おやすみ。

キョーコさんはもうこの時点で中学時代での告白を半ば諦めていたのだろう。吹っ切れた感がある。

”いつか”というのは、次の環境でのことを言っていると思われる。

それは、中卒の社会人として、缶詰水産加工工場勤務でのことなのか、後に直木賞作家を輩出することにもなる新設のスベリ止め高校入学か、はたまた、身の丈以上の無理して受験した、地域で一番の進学校である第一志望校なのか。

いよいよ次のページで合否の結果が判明することとなった   



16
1979年 3月16日 AM 10:40

私 受かりました。 西澤に 受かったんです。
 うそのようです。 でも 受かったんです。
But 均君は 落ちました。 落ちました・--。
 何故なんでしょう。
 金山君は どうしたでしょう。 あの人は いったい・・・
 金山君 ・・・ 今だから 言えます 貴方** が好きです。
                       おはよう?

夏休みに心を入れ替えて毎日何時間も勉強をやるんだと計画を立てて意気込んだものの、翌日には漫画を読み出して、意志の弱い自分を責め立てた、ボロボロと泣き崩れた、あの夏の日のこと。

日記では遊び呆けていた風だったが、それは気を引き締めるための、自分を追い込むための、若干ミスリードをさせておいて、でも裏では頑張っているんだからという、キョーコさんなりの、自己を奮い立たさるための演出手法だったのかもしれない。

>私 受かりました。 西澤に 受かったんです。

驚いたことに、街一番のあの高校にキョーコさんは入学することになった。

>うそのようです。 でも 受かったんです。

無茶して受験した、あの高校に受かってしまった...。

>But 均君は 落ちました。 落ちました・--。

でも均君は落ちてしまった。同じ高校を受けて落ちたのか、別の高校だったのかはわからないが、二人が同じ高校生活を送ることはもうないようだ。

自分の合格と均君の不合格を知る前に、これからは別々の道を歩む、とキョーコさんは言及していたので、均君は全く別の高校を受験した可能性がある。

>金山君は どうしたでしょう。 あの人は いったい・・・

佳子ちゃんと同じ高校を受けた金山君。気づけば、金山君&佳子カップルより上の高校に進学してしまうことになった、キョーコさん。

>金山君 ・・・ 今だから 言えます 貴方** が好きです。

憑き物が落ちたようなキョーコさんは、自信の裏付けからか、見違えるようにたくましくなったように見えたのだった   



19a
19b
 1979年 3月19日 11:45

今日は 月曜日でした。 卒業生の私にとっては 何の関係もない
こと ....。 昨日は 廃校式でした。 加藤先生 や 有田先生、
そして 中野 博 校長先生と おくさんと、 浜野 校長先生 と おくさん
など など いろいろ な 人々が 来ました。
私は 涙一つ 流さず そして 出さずに いた ・・・ 。
べつに かなしく おもわなかった ・・・ いえ ・・・
かなしく おもったけれど 今の私の 一番のかなしみが

あるから 閉校の かなしみは にの次 なのよ。
一番のかなしみとは .-...--
今の自分が いやで いやで しかたがない ・・・。
何かをして まぎらわして しまいたい。今の 自分 に いる
のはつらい .... 自分から 逃げてしまいたい。
わからない! わからないのよ!
人間なんて かなしいもの。 さびしい ものよ。
いつも 一人で 孤独なもの ... 人間ってバカだ。
人間なんて 一番 生きものの中で 悪い生きものであり ...
そして バカなんだ。 一番 おとっている生きものなんだ。
人間なんて きらいだ。 人間なんて みじめだ。
人間は 孤独なもの .... いつも 一人の自分。
どうしようもないこと なのか。 どうしようもない ・・・・・
わからない 自分 ・・・・ どうして - - - 。
何もかも *初めからやりなおそうか ・・・・
昔をわすれ 過去をすてて ・・・・ これからの未来に向かって
行ってみようか。 すべてを すてて 何も かも 初めから
やりなおそうか ・・・・ 。 でも できるだろうか。
そんなことが この私にできるのだろうか。

高望みをして無理して受験した高校にめでたく合格した、キョーコさん。

キョーコさんの中学校では今まで第一志望校に落ちた人はいなかったのだという。それを書いたということは、きっと担任の先生に「無理して西澤受けんな...」とでも言われたのではないだろうか。

なぜそんな危ない橋を渡ったのか。

きっと、過去と決別したかったのだ。

金山愛はいまだ引きずっているものの、もし西澤に合格をすればこれ以上ない自信がつく。その自信は、金山君と離れ離れになろうがめげない不屈の原動力となることだろう。声には出さないが、あの西澤に合格をしたんだから、いつまでも未練がましく金山君のちっぽけな背中を追ってないで、新天地でもっと素敵な彼を探そうかなと、それぐらいの飛躍とインパクトを、西澤合格はキョーコさんに与えたのである。それが得られるだろうと本人も確信していた。

新天地で胸を張って新しい自分を出すことができる、つまり、過去にとらわれることなく、自分から恋を掴みに行けそうなのだ。

ただ、本来なら合格の知らせを聞いて浮かれ気分のはずが、思い悩んでいるキョーコさんの姿がそこにはあった。

自分よ変われとの思いで受験をして合格をした高校。実際に合格を果たした。

でも、合格をしたからといって、そうは溜め込んだ苦悩は一夜で綺麗に拭いきれるものではなかった。

>昨日は 廃校式でした。

>私は 涙一つ 流さず そして 出さずに いた ・・・ 。

母校が廃校になって表面上は悲しいかもしれないが、実際に心の底からそれをしみじみと痛切に感じるのは、何十年も経った後に違いない。

>今の私の 一番のかなしみがあるから 閉校の かなしみは にの次 なのよ。

自分が変わる切符(街一番の進学校合格)は確かに手に入れた。しかし、現状では孤独という胸のチリチリするような途方もない寂しさからは開放されていない。先行きは不安。不安は募るばかり。廃校の悲しみなんて二の次であった。

>今の 自分 に いるのはつらい .... 自分から 逃げてしまいたい。わからない! わからないのよ!

好きな人がいるのに、日記の中でしか思いを伝えることができないそんな自分が苛立たしい。内向的な自分でいることに苦々しい思いがすると。

キョーコさんは、人間という実に大きな尺度をもって、自分の至らなさをあげつらっていく。ここで言う人間とは、そう、彼女自身のことである。

>いつも 一人で 孤独なもの ... 人間ってバカだ。

合格というおめでたい気分に多少酔っているということもあり、直接自分にダメ出しをしたりはしない。一様に人間が孤独でバカだと、暗に自己反省をしているのだ。

>人間なんて 一番 生きものの中で 悪い生きものであり ...そして バカなんだ。

二酸化炭素をばら撒いて異常気象と温暖化を引き起こしているのは人間。生物分解されないプラスティックで海洋汚染を招いているのも人間。悪でバカだと舌鋒鋭く一刀両断。ひいては、自分もバカだと。

>人間は 孤独なもの .... いつも 一人の自分。

指摘した通り、キョーコさんは人間という枠組みで語りながら、実際は自分のことを責め立てていた。こんな時(合格)こそ酔わせてよと言いたいところだったが、万全のお膳立てを用意してみたものの、高校生活で変われるのかしらと、不安に押しつぶされそうになっている。

>昔をわすれ 過去をすてて ・・・・ これからの未来に向かって行ってみようか。 すべてを すてて 何も かも 初めからやりなおそうか ・・・・ 。

本音が出た部分だった。身の程知らずの常識外れに思われた「西澤高校」の受験。

キョーコさんは、高校入学を境にして、自分を変えたかったのである。それには、進学校入学という高いハードルがまず必要だった。達成感があり自信を持てること。塞ぎ込みがちだった自分の過去を知るクラスメートがいないこと。西澤高校はまさにうってつけであったのだ。

>そんなことが この私にできるのだろうか。

それは、本人が一番よく知っていることだろう   



20
私は これから だもの。 初めから やりなおしたい。
 そう! いつも 前をむいて進んで いくんだ!
振り返ってはいけない 。いつも どんな ことが
あっても 自分で えらんだ 道を 進んで いくんだ。
まっすぐに .... まっすぐに。 私がつくっていく道は
一本しかない .... だから その 道は まっすぐに. .
いつも 前を 見ていたい。 心を 大きくもって。
そういえば、 閉校式の時に 私 ぜんぜん あが
らなかった。 いつも あがる 私が ・・・・・・
私は その時 自分 に こう 言きかせていた ・・・
自分の 行動、自分の態度に 自身をもてと . .
でも 私は そんな 人間 じゃない。
そんなこと 考えるのも いやだったもの。
もうわからない。
あ、そういえば My Mother が 17日から
ずっと 家*にいないのよね。 お山に行ったのよ。
お帰りは 21日だそうです。
早く帰って来てくれ       い。
あ        あ ねむい。 おやすみ。

キョーコさんは、日記の中にストーリー性を持たせていた。

まず自分を打ちのめすかのような否定的なことを言っておき、最後にはそんな自分をなだめ、励まし、夢と希望を語り締めくくる。ある種の物語を読んでいるような気分にさせてくれるのだ。

>私は これから だもの。 初めから やりなおしたい。

今でいう、高校デビュー。陰キャから陽キャになる。早くも既にこの頃から、キョーコさんは世間に先んじて実践しようとしていた。

>そう! いつも 前をむいて進んで いくんだ!

難関高校合格がキョーコさんを劇的に変えた。驚くべきポジティブな言葉が枯れることのない噴水のように次から次へと彼女の口から溢れ出す。

>私がつくっていく道は一本しかない .... だから その 道は まっすぐに. .

はらわたに染み渡るような名言も思わず飛び出す。自分の家の前の砂利道のように、道は一本しかない。邪なことは考えずに、その道はまっすぐでなければいけないのだと。

>いつも 前を 見ていたい。 心を 大きくもって。

キョーコさんは、早くも高校生活のその先を見ていた。その前途は地平線まで眩しく光り輝いていた。

>閉校式の時に 私 ぜんぜん あがらなかった。 いつも あがる 私が ・・・・・・

もはや、閉校式どころで動じる彼女ではなかった。内面から変わってしまったのだ。

>私は その時 自分 に こう 言きかせていた ・・・

>自分の 行動、自分の態度に 自身をもてと . 

一皮むけて、すっかり大人の女になってしまった、キョーコさん。受験という難局を克服した彼女には強さと目的意識が早くも備わっていた。

>もうわからない。

あまりの変わりように、本人が一番戸惑っていた。

中卒フリーターの地元の加工工場勤務はなんとか回避することのできた彼女は、来学期からは堂々胸を張って、あの高校の門をくぐることになった   



 キョーコさん、もう一つの高校も受かっていた。

 そして、金山、山角、宮脇、らの合格高校が判明する。

 廃校に卒業ということで、先生方へのプレゼントを皆で買いに行くが、一緒に行った均君が現在文通をしているという、この日記にも何回か登場しているあの彼女との手紙を無理やりみせてもらう、キョーコさん。一言、うらやましい、と。

 帰りは皆、均君の車で送ってもらったと言い、キョーコさんも私もあんな車を運転したい、この休み中に運転しようかな、なんて言い出すが、よく考えてみると、全員中学三年生。

 昔の北海道はおおらかだったようだ   




つづく…

「最後に吐き出した、少女」廃屋に残された少女の日記'79.32

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