羽幌マンション タイトル725
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 二回目の羽幌炭鉱訪問。

 以前と同じく僕以外の訪問者はいない様子。

 車を炭鉱アパートが並ぶ手前の空き地に駐車させる。



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 消えた住人。

 ゴーストタウン。

 都内みたいに壁を越えなくてもこの時間の止まった空気を気兼ねなく肺の奥底まで吸えるのだから、わざわざ東京から訪ねて行く価値があるというもの   



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 それぞれ、人影が動いていないかを、まずは遠巻きに確認   



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 子供が走り回って、主婦が買い物に出かける。

 そんな風景がかつて本当にここにあったのか   



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 前みたいに全戸訪問はさすがにしないが、前回気になった部屋をいくつか再度訪問してみたいと思う。

 門脇正知さん、ポストに鍵をしたまま出て行かれて、かれこれ数十年目に突入中。



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 窓から入り込んだ枯れ葉が、ピラフに振りかけられた刻んだパセリのように、申し訳程度に部屋の片隅に積もっている。



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 廃墟の壁に映し出される、影。

 思考することをやめて、沈黙のまま、見とれてしまう、カイラス   



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 大酒飲みの、妻泣かせ、子供泣かせの、炭鉱夫が残していったもの   



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 炭坑が閉山後、この高層アパートは一時的にスキー場のロッジとして使用されていた。

 看板はその時の名残りだろう。



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 スキーなんて、もう誰もやらなくなってしまった。



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 果汁5%も入っていなさそうな、混ぜた絵の具のように毒々しい色をした、砂糖水のような甘さの、そんな時代のオレンジジュース。



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 現在、貧困化が進み、最近はまたこのロング缶に回帰してきているという、今の侘しい日本の惨状。



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 昭和44年(1969年)といえば、フジテレビで『サザエさん』が放映開始された年。

 山の終わりがひたひたと忍び寄って来ている頃、今後の仕事や子供の学校、未来の展望など多くの不安を抱えながら、心ここにあらずで家族で『サザエさん』を少なくとも子供達だけは心からの笑顔で観ていただろう、そんな時代を今に映し出す、色褪せた北海道新聞。



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 舌を年中真オレンジにした、ファンタオレンジ大好き少年がいたのか。



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 トクホンダッシュ。

 エアーサロンパスのようなものらしい。

 肉体労働の炭鉱夫とは切っても切れない関係だったことでしょう。



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 持ち運びの小さいのでも12万円もする。

 軍艦島こと端島の購買部でも高い物から売れていったという証言があるので、当時の高給取りである羽幌炭坑従事者の住人達も、こぞって最新式の高グレードのテレビを買い求めていたに違いない。



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 ルーズリーフの一枚に、本の題名が記してあり、各々読書の進行状態ををパーセンテージにして表にまとめてある。

 途中で考えが変わったのか、ページ数からパーセンテージに変更。

 字の感じから中学生ぐらいだと思われるが、今の一般的な中学生はこんなに読まないだろうな。



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 涙ぐましく、チラシの裏を有効活用。



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 先頃経営破綻をしたレナウンを大々的にメインにして、サマーセールを催す告知をする『八幡屋』のチラシ。

この『八幡屋』、とっくに潰れているのかと思ったら...



八幡屋
 なかなかどうして、レナウン死すとも、立派な建物で事業を継続中だった。



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 全てを否定形にする言葉遊びだろうか。

 小島にならない

 羽幌の山の中とはいえ、夏の暑さで若干病んでいたのかも   



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 野球選手の打点や安打が表記してある。

 巨人の主軸がクロマティと原の時代。



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 いまだプロ野球に根強いファンがいるのは、この頃の野球少年に支えられているからでしょうね。

 勿論、ゴールデンタイムでの巨人戦テレビ放映が激減したことにより野球界全体の人気低下を懸念して危機感を持った各球団が率先して構造改革をし、新規ファンを獲得すべく施策をあれこれ導入して努力をした結果でもあるのだが。

 次の部屋に行くと、これまた胸鷲掴みにされるような部屋が眼の前に。

 遠い記憶の読み物で溢れ返っていたのである   




つづく…

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