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 偶然なのか、キョーコさんの卒業と合わせるように、遂に、この分厚いハードカバーのZiGGY日記帳も最終ページに到達することになる。

 日記帳とともに終わる中学校生活の名残惜しさ溢れる悲しみに付け入るように、松山千春に関しての信じ難い大事なお知らせが二つも彼女の耳に舞い込み、意気消沈してしまう。

 最終ページでキョーコさんは高らかに、どでかい夢を語ってくれる。

 北の地の空より遥かにでっかい、将来の夢。

 夏休みに猛勉強をやろうと意気込んだものの、結局漫画を読んでしまい、ボロボロと一人泣き崩れた、あの時の彼女と同一人物とは思えない、建設的で野心のある両腕から零れんばかりの大きな夢。

 キョーコさんは言う。

 今の私の心境はサザンのあの曲が合っていると。

 高校に入学するキョーコさんは、日記帳最終ページに描いた夢を胸に抱いて、輝ける将来へ、今、羽ばたこうとしていた   



26a
1979年 3月26日(27日) 1:40

今、千春サマの オールナイトニッポン 聞いて
おります。 ところが 今日で この 千春サマは
オール*ナイトを やめるんです ・・・・ みんな
やめちゃうのね ・・・。 もう 千春の 声が聞け
なくな* るのかと思うと ・・・・ かなしい。 千春。
それ  千春に 変わって来るのが 中島みゆき .
あ~~~あ せっかく たのしみだった .
月よう(火よう)の オールナイト と 水よう(木よう)
の アタヤン ・・・ 2つとも なくなってしまう。
千春をたのしみに いつも聞いていたのに .
木よう(金よう)の こうせつ おいちゃんの オール
ナイトだって 楽しみにして 聞いていたのに ・・・。
それも ・・・ こうせつ おいちゃんも やめてしまう。
みんな みんな やめてしまう ・・・・ かなしい。
今日は 3時まで ガンバって聞きます。
 だって 最後の 千春のオール ナイト だもの.
千春さんの最後のオールナイトの日 27日です

受験勉強が捗らず、心がズタズタになりかけていたキョーコさんを救ってくれたのが、愛してやまない松山千春がパーソナリティーを務めるオールナイトニッポン。その放送が、今日で終わってしまうのだという...。

>もう 千春の 声が聞けなくな* るのかと思うと ・・・・ かなしい。

将来に悲観して、目の前が真っ暗になった時でも、松山千春のオールナイトニッポンで千春の声が聴けるからこそ、歯を食いしばって頑張って来れた。何度救われたことか。でも思ったより落ち込んでいないように見えるのは、一時的かもしれないが、ゴダイゴのトミーに心奪われているのと、進むべき道が開かれた自信による成長の表れなのかもしれない。

>千春に 変わって来るのが 中島みゆき .

事前の情報ではサザンの桑田佳祐だったが、曜日が違っていたようだ。いずれにしろ、パーソナリティの刷新を図った様子。

>月よう(火よう)の オールナイト と 水よう(木よう)の アタヤン ・・・ 2つとも なくなってしまう。

オールナイトニッポンをやめるのはわかるような気がするが、北海道ローカルのアタヤンなど、松山千春の一存でどうにでもなるはず。大泉洋が「水曜どうでしょう」を選ぶように。この時、松山千春はコンサート活動に注力するような路線変更をしたのだろうか。

>こうせつ おいちゃんも やめてしまう。みんな みんな やめてしまう 

お気に入りのパーソナリティが次から次へとやめていってしまう。松山千春に関しては二番組も。でもキョーコさんには心底落ち込んでいる様子は見受けられない。余裕があるような。ラジオが無くなる悲しみより、今から語ろうとしている胸に抱いている大きな夢と希望が、相殺するどころか、上回ってしまっているからだろうか   

>千春さんの最後のオールナイトの日 27日です

深夜三時まで、この夜のキョーコさんはラジオにしがみついていた   



26b
 そして このページで この日記も
終ろうとしています ・・・ 早いもんだ!
私 大学 行こうかな? 行くとしたら
どこにしょう。 音大?私立だったら
ジュニ が かかるのよ 大金ね。国立は
点が問題なワケ ・・・ さらに 音楽の何かを
やらなきゃ いけないんですって。ピアのあたり
ちょっと 夢が だんだん はなれていくなあ.
でも 私 音楽が 好きだから。音楽に*関
することやりたい。 おんがくを愛してるから。
たとえ 音大に 入れなくても ・・・ シンセ
サイザー使ってみたいなあ .という夢もある
でも これも やっぱ 音楽に関することなワケ.
最後の日記も きたなく 書いているけど _ _ _
私 どんなふうになるかわからない。
途中 で *倒れてしまうかも しれない ・・・ そし
て死んでしまうかも しれない .又は 普通の
生活をするかもしれない。又は自分の夢に近い
生活をしているかもしれない。でも どうなるか わからない。
                千春 ・・・・ 大好き。トミー 大好き ・・・・ GOOD NIGht

いろいろな思い出と ともに この日記を とじます。
今の私の心は サザンの「いとしのエリー」が あってます。音楽好きです。

一年前の九月に意気揚々とページの端にインクを滲ませながら書き始めた、分厚い日記帳も本日で最後となる。

ここで、キョーコさんの口から決意表明ともとれる信じられない一言が飛び出した。下手すりゃ中学卒業をして就職かと思われた、勉強に行き詰まっていた、あのキョーコさんが...

>私 大学 行こうかな?

大学進学を口にしたのである。

>音大?私立だったらジュニ が かかるのよ 大金ね。国立は点が問題なワケ ・・・ 

音大に進みたいのだという。しかも、ある程度リサーチしたらしく、私立だとお金が必要で、国立は今のキョーコさんでは点数が足りないなど、周囲の誰かに教えを受けた模様。

>さらに 音楽の何かをやらなきゃ いけないんですって。

音大に進みたいなら、ピアノとかの実技を磨けと、相談した担任の先生にでも言われたか。キョーコさんの質問に答えられるのは、姉の史之舞など論外で、学校の先生ぐらいしかいなかったのではないだろうか。

>音楽に*関することやりたい。

音大で学びたい。一生の仕事として音楽に関わりたい。北の大地の大きな空の下のポツンと一軒家で、キョーコさんは高校に受かる前までは信じられないような目標を声を大にして高らかにここに宣言をしたのである   

>シンセサイザー使ってみたいなあ .という夢もある

当時人気のYMOの影響を早くも受けていた。

>私 どんなふうになるかわからない。

家業の不安定さは子供の目から見ても明らかだったのたろう。音大に進みたいものの、私立はお金の面で無理そう。国立は果たして今から勉強をして間に合うか。

>途中 で *倒れてしまうかも しれない ・・・ そして死んでしまうかも しれない 

数十年後の自分の家の二階が崩落していることを予見したのか、予知夢でも見たのか、定かではないが、よからぬ未来を一瞬でも想像してしまったことは確かであった。

>又は自分の夢に近い生活をしているかもしれない。でも どうなるか わからない。

音大に進学をしてN響の団員になっているかもしれない。そんな夢を北の大地の片隅で、キョーコさんは想っていたのかもしれない。でもそれはわからない、と。

>いろいろな思い出と ともに この日記を とじます。

色々ありながらも、断筆することなく最後まで書き上げた、キョーコさん。その顔は達成感に満ち溢れていたに違いない。いつも中途半端なこの私が、心折れることなく、最後まで埋めたやったぞ、と。

>今の私の心は サザンの「いとしのエリー」が あってます。音楽好きです。

遠くに行っても忘れないよと、金山君との恋を思い返していたか。

最後に、自分の進むであろう道を『好きです』と締めくくった   



2
 日記帳の巻末には幾つかの詩が掲載されていた。



3
 ゲーテの詩を書き上げた余韻とともに読んだのか   



4
 音楽のことを綴った詩も。



5
 月の光を誰よりも毎晩浴びていた、キョーコさん。



6
 いかにも昭和の企画らしいものも。



7
 毎晩日記を書いてはここを読んで金山君のことを想っていたのだろうか   



8
 悲しむべきか、キョーコさんらしいのか、アドレス欄にはたった三人だけ。

 一番下は姉の史之舞。

 高校デビューになったら数十人に増えるのだろうか   



9
 キョーコさんの住む地域がこの時「村」だったことに驚いた。

 父と母。兄に姉。弟。



10
 有りがちだが、アンケート葉書は切らずにそのまま。



11
 アンケートにはしっかり答えていた。郵送が無料だったら送っていたに違いない。

 購入店はお馴染み『フレンドハウス』。



12
人を 愛する ことは
自分が くるしむ こと ....
愛は かなしい
愛は つらい ...
自分の知らない間に 人を 好きになっている
自分では どうしようもない
この気持を どうする ことも 出来ない ....

愛は ざんこく な もの . . .
かなしい も の . . . .
つらいもの . . . .
知っていても 愛してしまう . . . .
自分では どうしようもない . . .
こんな 愛 など どうして しなくちゃ いけないのだろう
つらい . かなしい . くるしい . . . . 
一生の かなしくて ざんこくで . . . . 
さみしいもの . . . .  愛 . . . . 
言葉で 表すことの 出来ないもの . . . . .
愛 . . . . . LOVE . . . . .  My hart ♡
              Kyoko.

 中二病というのか、キョーコさんの心情が切々と綴られたポエムがカバー裏に書かれていた。



1
 このイラスとがあまりにも上手だったので、僕は最初印刷されたものかと思ってしまった。下の『おやすみ♡』は本人の肉筆だろうけど。

 本来印刷されているイラストの足に書き加えられた靴紐の絵なんて、しっかりと空間処理をされて立体的になっているし、エッセイの挿絵のような各キャラのイラストも同様でキャラの使い分けも見事。書き慣れているのか線が力強く迷いがない。

 音楽だけでなく、絵の才能もありそうな、キョーコさんだった   


 

つづく…


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