11 725
 新しい高校、新しい男子達との出逢いなどがあり、慌ただしい毎日を過ごす、キョーコさん。

 中学時代に縋るように聴いた、あれ程好きだった松山千春のラジオ。この声、久しぶりだね、と、彼女。

 しんみりと、やはり、千春さんはいいな、と。

 迷っていた、物理部入部の判断。

 遂に、キョーコさんは、最終決断を下したようなのである。

 運命の扉が、今、少しづつ、開きかかろうとしているようなのであった   

 

22a
1979年 4月22日 日よう. (23日) 1:00

今日は 日ようでした。勉強も たいまんこいて
あまり やってません。いけないことですよ。
今、初めて聞く「松山千春の今夜はきめよう」が入ってます。

キョーコさんが初めて聴くという、松山千春のラジオ番組『松山千春の今夜はきめよう』。それもそのはずで、同年の同月、1979年の4月にスタートをしたばかりの新番組のラジオであった。

翌年には、インターネットが本格的に普及する2000年代初頭までは、若者に絶大なる支持を受けていた、キングオブ・ヤングカルチャーの総本山とも言うべき深夜ラジオ番組枠、あのオールナイトニッポンの第一部を松山千春は担当することになる。当時ならこの枠、超一級のスターしかパーソナリティにはつけなかった。

若手ミュージシャンとしての全盛期がこの頃だったといえよう。

キョーコさんは、今まさに、彼の故郷の地の間近の目と鼻の先で、松山千春全盛期の熱を感じていたというわけなのである   



22b
あ ~~~~ なつかしい 千春さんの 事 .... 話 ...... 。
やはり 千春さんお 話 ... ラジオ番組を聞いている と
本当に心がやすまります。やはり ... 千春さんは いいです。
千春さん . .. . よろしく あいしゅう・・・ いつまでも ね♡.
私 ... 物理部に入ることに決めます _.... と考え
てるんです。だって入らなくちゃいけないみたいで。
どこにも入るのやめようと思ったんだけれども。
あの部長さんの*”顔”に まけてしまったのよ。
いいしょ。あの顔! あ~~~あ、でも あんまり
あの顔みてると 本当に好きになったりしたらこまるもん。
いやねぇ。 すぐ人を好きになってしまう この私.
あ~~~~千春さん。 あ~~~ 掛居君 ......
北浦君 いいね。私の好きな人なんだけどね。
何か かわゆいような りりしいような・・・・・ ね!
ウイ! きみ ... つかれる 一週間また過ごして
行かなければ いけない・・・ 長いなあ ・・・・・・..
つかれたなあ・・・・ 史之舞のせいで うるさかった! おやすみ。

高校に入学して目まぐるしい毎日を過ごす、キョーコさん。

四月の改編期に大きな期待を寄せてラジオ局が送り出す、今や全国区として人気絶頂の郷土の大スターに上り詰めた、松山千春の、新番組ラジオで久方ぶりに彼の声を聴いて、心が癒されると、彼女。

>千春さん . .. . よろしく あいしゅう・・・ いつまでも ね♡.

雲の上のスターを愛するということでは、松山千春の地位は彼女の中ではやはり不動であった。『よろしく哀愁』という郷ひろみの五年前のヒット曲をもじって、松山千春愛をおしとやかに綴ってみせた、キョーコさん。

『いつまでも ね♡』

その言葉は本当であったようだ。

廃屋の二階の陥没しかかった畳の床の上の壁。

そこには、色あせてほぼ青色になった松山千春のポスターが、愛おしそうに、掲げてあったのだから。

千春愛は、あの家を出る寸前まで、変わらず続いていた、といことになる。

>私 ... 物理部に入ることに決めます _.... と考えてるんです。

入学前はあれ程音楽演奏に夢中になっていた、彼女。音大に行こうかなと、高校合格の嬉しさあまり、そんな大それた発言の一つも飛び出していたが、たった一人の男性を好きになったばかりに、まるっきし興味の無い物理部に、部長目当てで入部という、選択を、今、本当にしてしまおうかという、運命の分岐点に差し掛かっているやもしれない、彼女。

>あの部長さんの*”顔”に まけてしまったのよ。いいしょ。あの顔!

人望は勿論ある。物理部の部長をやるぐらいだから、勉強だって出来るのだろう。歯抜けのサル顔の金山君と違って、掛居部長は顔も素敵でキョーコさんをメロメロの虜にしてしまうぐらいの男前なのだという。

>あの顔みてると 本当に好きになったりしたらこまるもん。

傷つくことを怖れていた。地位もある。頭も良い。顔も文句なし。他の女子生徒が放っておくわけがない、と。当然彼女はいるだろうから、後からキョーコさんが告白をしても、彼女がいるからと、断られる可能性は非常に高い。だから、本当に好きになったら、自分が惨めになるだけだと。

>あ~~~~千春さん。 あ~~~ 掛居君 ......北浦君 いいね。

憧れとしての、松山千春。北浦君も悪くはなかった。でも、掛居君は、後に、彼女にとって特別な人となる。本人はまだ、これっぽっちも気付いていないようだが   



 月曜日は物理部の活動がある日。

 入部のことは心の中で決めてはみたものの、実際行くとなると一人では行きにくい、なんて思っていたら、物理部の一年の男子が迎えに来た。

 仕方なく部に行くと、掛居部長が、四人の新入女子学生を前にして、必死に、入部をと、口説いていたのである。

 驚いたことに、掛居部長はキョーコさんを指して「うちの部員です・・・」と。キョーコさんは入部の意思を伝える間もなくいつの間にか部員ということにさせられて驚くやら、出しに使われていたとしても、嬉しいやら   

 


つづく…

「仕立て上げられた、少女」北の廃屋 女子高校生日記'79.12【前編】

こんな記事も読まれています