前からあたりをつけていた、とある物件を訪ねる途中、ある湖の手前に差し掛かった時、その廃工場は視界に入って来た。 トタンの簡素な平屋。廃工場だろうという第一印象はほぼ当たっていた。意外だったのは細長くて入ってから奥へと伸びていたこと。奥の方は家族の住居棟 ...
カテゴリ:一家蒸発の絶望工場
「社長夫人のぬくもり」一家蒸発の絶望工場.2
建物の入り口から入ってすぐ、事務所区画にあった机のサイドには小さな引き出しの棚が顔を揃えてズラリと並ぶ。未使用の文房具などがたくさん詰め込まれていた。 身支度をして去っていった、とは思われないような、時間の流れが突如振り下ろされた斧で断ち切られたような ...
「死の連鎖」一家蒸発の絶望工場.3
夜逃げ時の慌ただしさが窺える、開きっぱなしのタンスの引き出しの角部分に引っ掛けてあった、昨日の晩の脱ぎたてであるかのようなせわしさの籠もる佇まい、荒々しい皺を留めたまま、ひと目でわかった、ご婦人用のくたびれた生活使用感のあるよれよれレース下着。 人生の ...
「天を仰いだ、探索者」一家蒸発の絶望工場.4
家の電気が遮断されていても、固定電話は繋がる可能性がある。その先のNTTの局舎に問題が無い場合である。 まさかとは思ったが、誰もいない廃墟で男がたったひとり、埃を纏った黒電話の受話器を ツーという音がしたらかえって怖いな、などと、胸縮ませられる思いでこ ...
「ご家族の冷たい視線」一家蒸発の絶望工場.5
妻のお出かけ用のとっておきの靴だろうか。 あまり使用された形跡はない。 廃油臭いプロレタリアート臭の染み込んだこの工場兼自宅内ではあまりにも異質な眩い光沢を放ち続けていた。 日曜日には、塗料だらけの作業服を脱いで、この靴を履いて、新宿の伊勢丹にでも出か ...
「奥様のセーラー服姿」一家蒸発の絶望工場.6
工場を通り抜けて、家族の住居部分。 砂壁が立ちはだかる床の間に、これは、バッファローの角だろうか。 時代的に、ご主人がキン肉マンの名脇役「バッファローマン」の熱烈なファンゆえに買い求めた可能性もあるが、定かではない。 いずれにしても、僕の人生において、 ...
「変わられた夫人」一家蒸発の絶望工場.7
工場の片隅でこんなボードを発見した。 ダンボールをカットしてペンキを浸した筆で大胆に書き殴られたものである。 『桃』が一個100円というお手頃価格。 工場が廃業に追い込まれようとしていた金銭的にも精神的にも苦しい末期は、工場前の道端で『桃』を一個僅か100円 ...